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マイケル・クライトン氏、逝く (´;ω;`)

マイケル・クライトンが亡くなった。癌だったそうだが、享年六十六ってのが若くて悔やまれる。

古くはリメイク版の「大列車強盗」の脚本が、最初の出会いだったかなぁ、この人の作品とは。

70年代のSF映画では、「アンドロメダ・・・」が異彩を放っていて印象深かった。怪獣も宇宙人もロボットも登場しない大人味の、「ウィルスパニックSF映画」にみせかけて、実は大脱出アクションが最大の見せ場というエンタメ作品。。。。。あ、もしかして小松左京「復活の日」ってコレをリスペクトしてないか?「復活の日」の方が面白いんだが(原作は)

「ジュラシックパーク」も氏の手になる原作の方が遥かに面白かったもんなぁ、スピルバーグのロリポップ映画より。アレも、カオス理論が大流行の頃で、流行の知のエッセンスをキーファクターにしながら、王道の「大人向けエンタメ」を描き出すスタイルって、小松左京に似てるものがあるね、今思うと。

オレの大好きな「ウェストワールド」も氏の監督脚本だったねぇ。「ER」の企画原案といい、多彩な、でも「大人味のエンタメ」の筋は絶対外さない作風、今の世の中にこそ必要なんだけどなぁ。

謹んでご冥福をお祈りします。

マイケル・クライトン死去

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映画『ジュラシック・パーク』『アンドロメダ…』『コンゴ』などの原作者マイケル・クライトンがガンのため亡くなった。66歳だった。

 ハーバード大学で英語を学び、中退後、1年間ヨーロッパを放浪。帰国後、ハーバード大学医学部に入りなおし、医学生時代に医療小説などをペンネームで発表。大学の医局に言及していたためペンネームを使ったらしいが、本が賞を受賞してしまったため身分を明かさなければならなくなってしまったという。1970年代には医療に見切りをつけ、ハリウッドに進出。カルト映画となったユル・ブリナー主演の映画『ウエストワールド』の脚本、監督を手掛けた。

 ジョージ・クルーニーがブレイクするきっかけとなったテレビドラマ「ER 緊急救命室」のクリエイターであるほか、映画『ツイスター』『ディスクロージャー』『ライジング・サン』など数々の大ヒット映画を制作。結婚は5回しており、4人目の妻との間に子どもが一人いる。[シネマトゥデイ映画ニュース] 

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緒方拳氏、逝く

緒形拳さん死去:男くさく骨太に、苦悩もリアルに演じて

謹んでご冥福をお祈りします。71歳・・・まだ早いよぉ・゚・(つД`)・゚・

追悼記事にもあるように、男臭い役所が似合う人だった。でも「漢」とはちょっと違う、雄の生々しさというかフェロモン漂う雰囲気で、役所に併せてバイオレンスやユーモアなどを適量加味して演技する名優だった。

「必殺仕掛人」の藤枝梅安はつとに有名だが、この梅安のダンディズムの真逆にある「必殺必中仕事屋稼業」の半兵衛も忘れ難い。アメリカのニューシネマブームを受け、挫折とバイタリティを織り交ぜて描く手法が流行った中、「無様の美学」の一つの完成形を示してくれたのが、緒方さんの「知らん顔の半兵衛」だった(若手ではショーケンの「傷だらけの天使」が双璧となる泣けるカッチョ悪さ)。

この半兵衛の延長線上に野村芳太郎監督の「鬼畜」があったりするのだが、こちらの同情の余地も無いダメ人間っぷりもまた、忘れられない緒方節であった。

雄度といえば、ダンディズムからは遥か離れたところで、ひたすらエネルギッシュなアウトローを演じた「破獄」も忘れられない。原作は吉村昭で、「昭和の脱獄王」と言われた実在の犯罪者、白鳥栄を描いたNHK制作のTVドラマだ。ビデオ作品故、再見の機会が殆ど無いことが悔やまれる。

近年では、「古畑任三郎」の犯人役や「プラネットアース」のナビゲーター、舞台劇「ゴドーを待ちながら」が、老練のユーモアが心地よい、印象的な仕事だった。

後達の育成にも熱心な方だったらしいだけに、なお、その早い死が悔やまれる。

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緒形拳さん死去:男くさく骨太に、苦悩もリアルに演じて


「楢山節考」「陽暉楼」「魚影の群」で1983年度毎日映画コンクール男優主演賞を受賞した緒形拳さん=1984年1月撮影
 骨太でリアルな演技で知られた緒形拳さんが、亡くなった。デビュー当時から映画、舞台の一線で活躍が続き、日本を代表する実力派俳優だった。

 緒形さんは、高校時代に新国劇の辰巳柳太郎さんの舞台を見たことで、俳優になることを決意した。卒業後アルバイトをしながら新国劇に入団。入団2年の60年「遠い一つの道」の新人ボクサー役で舞台でデビュー、同年この映画化でスクリーンデビューを飾った。男くさい、精力的な演技が評価され、仕事の自由を確保したいと同劇団を退団。テレビ、映画に活躍の舞台を移した。

 注目を集めたのは65年のNHK大河ドラマ「太閤記」。テレビドラマ「必殺仕掛人」の梅安役で人気を集め、映画でもシリーズ化。74年の映画「砂の器」では助演ながら、ドラマのカギとなる巡査役を好演。77年の映画「八甲田山」で冬の行軍を生き延びる伍長役で評価を確立した。さらに78年の「鬼畜」で毎日映画コンクール男優主演賞など、俳優賞を独占。79年「復讐するは我にあり」で主演して、殺人犯を鬼気迫る迫力で熱演した。83年の「楢山節考」では、年老いた母親を山中に捨てる息子の苦悩をリアルに演じて、再び毎日映画コンクール男優主演賞などを受賞。今村昌平、野村芳太郎監督らの社会派作品に、なくてはならない存在となった。

 一方で舞台でも、「王将」を77年から全国縦断公演するなど、数々の名演を残した。

 納得できない作品には出演を拒否するなど硬骨漢としても知られ、新人を支援したいと低予算の映画にも積極的に出演。99年「あつもの」などは、海外の映画祭で評価された。

 近年も舞台、テレビ、映画での活躍は続き、30日にもテレビドラマ「風のガーデン」の制作発表に参加したばかりだった。【勝田友巳】

 ◇内側に感情詰まり、力あふれる俳優
 ▽映画評論家の佐藤忠男さんの話 非常にエネルギッシュでユーモアを込めて役を演じる得がたい存在だったと言える。特に「楢山節考」や「復讐するは我にあり」は、ずば抜けていい演技。復興を果たした戦後日本を表すように、しゃにむに突進し、とことんやる日本人の姿を体現した俳優だった。現在でもうまい俳優はいるが、内側に感情が詰まり、力があふれる俳優はざらにはいない。

 ◇ものすごく幅の広い役者
 ▽緒形さんが日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した映画「復讐するは我にあり」の原作者で直木賞作家の佐木隆三さんの話 同じ1937年生まれ。それをよく話題にしたが、下積みが長い役者さんで「8人兄弟で貧乏しました」と口癖のように話していた。誰もが認めるすごい役者で、私の原作をいち早く読んでは「こういう役をやりたかったんです」と言ってくれた。その時は本当にうれしかった。「復讐するは我にあり」では、そんな思いが通じ、素晴らしい演技をしていただいた。面倒見のいい警察官から恐るべき殺人鬼までものすごく幅の広い役者だった。
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赤塚不二夫逝く

慎んでご冥福をお祈りします。

マンガに於いてギャグとコメディの境界線を明瞭にし、「ギャグの純粋性」を実践した。

また、その影響は後達のギャグ漫画家に計り知れないインスピレーションとプレッシャーを与える事となった。

ギャグ漫画の才能は早く枯渇するというセオリーを生き様を通じて後達に示した無頼派であると同時に、心からリスペクトを捧げた真に優秀な追随者には「長持ちする秘訣」をも、間接的逆説的に示してもいる。

トキワ荘住人でありながら、最も大手塚の影から跳躍した偉人である。

以上、過大な思い入れに根ざす私見だが、藤子・F先生の通夜での発言から、そのお人柄とスタンスは汲み取れ、大きくブレてないと思う。
まぁつまり、長生きしたから後世に残る良い漫画が描けるわけではないと言うことを、自覚的に実践した所が、功績と同じく素晴らしいと言いたいのだ。

漢だったよ、赤塚先生。ゆっくりお休みください。

カート・ヴォネガット逝く

小説家のカート・ヴォネガット氏が死去

この人の作品がなければ、今の俺は無い。とっくの昔に犯罪者になっているか自殺していただろう。間接的な大恩人の一人であるヴォネガット翁であるが、不思議と涙が湧いて来ない。

「まぁ、こんなもんだ」"and so on"(訳:浅倉久志)「チャンピオンたちの朝食」より

のフレーズにヴォネガット翁の作家性の全てが凝縮されているだろう、俺の座右の銘の一つである。

「優しいペシミズム」

一言で言ってしまうと、徹頭徹尾、そういう作風の作品を発表し続けた。第二次大戦に従軍するもドイツの捕虜になり、ドレスデンの捕虜収容所に送られる。だがドレスデン(ヨーロッパ有数の陶器の街。特にビスクドールはドレスデンドールとして収集家の人気が高い)は連合軍の無差別爆撃に遭う。

国家の為に従軍し、その国家に後ろから撃たれるような経験が、その作家性に大きな影響を与えていた。その時の経験を綴った「スローターハウス5」は映画化もされた大傑作である。

だが、そうしたトラウマを表現不能な鷹揚さに包んだ「まぁ、そんなもんだ」や「などなど」といったフレーズにたくし、なんともノホホンとした雰囲気で、レイヤーの差を問わずに、様々な人々の様々な「生きる苦悩」を優しく包み込んでくれた。

ヴォネガット翁の新しい作品が読めなくなるのは辛い。だが、その作家性は普遍であり作品は不滅だ。今まで発表された全ての作品は、「愛」において普遍なのだから、聖書以上に

ヴォネガット翁の説いた愛は諦念とも言い換えられるかもしれない。だが言うではないか、「人生諦めが肝心」と。人は諦めた時に、ちょっとだけ優しくなれるのだ。それは決して怠惰を容認するものではないのだがな。

謹んで御冥福をお祈りします。

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 米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)によると、米作家で1960―70年代の若者をとらえた対抗文化(カウンターカルチャー)の旗手、カート・ヴォネガット氏が11日、ニューヨーク市内で死去した。84歳。関係者によると数週間前に転倒した際、脳を損傷し治療を続けていた。

 1922年、ドイツ系移民の子としてインディアナポリスで生まれた。第2次世界大戦で従軍中にドイツ軍の捕虜となり、連合国側によるドレスデン爆撃を体験。これが後に作家としての原体験となった。

 ユーモアとペシミズムが織りなす独特の語り口で、米文化の衰退や人間の存在の意味を問う作品を著した。その作品群により、ベトナム戦争に悩む若者たちにとって文学的な偶像となった。

 52年の「プレイヤー・ピアノ」で登場、ドレスデン体験に基づいた69年の「スローターハウス5」は代表作の一つ。ほかにSFの「タイタンの妖女」や「猫のゆりかご」などがある。(共同)

(2007年4月12日18時42分 スポーツ報知)
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高松英朗さん、死去

謹んで御冥福をお祈りいたします。

晩年は人身事故を起こされたり、不遇な印象が否めないのが残念。

高松英朗といえば、「必殺仕置人」の天神の親分とNHK「ゲーム ホントにホント」の青のホントさんが印象深い。

天神の親分は、セミ・レギュラーのキャラクターで小伝馬町の大牢名主。江戸の裏社会の頂点に君臨する大親分だが、娑婆にいては命が幾つあっても足りないので牢屋にエスケープして、事実上、奉行所をボディーガードに使っているというスケールのデカイ悪党。中村主水には一目置いており、時に便宜を図ってやったり、時に頼み人になったりと、「悪の上を行く悪」を矜持とするチーム主水もそのご機嫌を伺わざるを得ないという、「必殺」シリーズ中でも特に異彩を放つキャラクターだった。

「ゲーム ホントにホント」とは、雑学バラエティー色の強いクイズ番組。問題についての解答を、赤、青、黄、緑の四色を割り振られた四人の「ホントさん」が答え、その内一つだけが正解。その正解者をゲストプレイヤーが当てるという内容だった。時期的にも内容的にもTBS「巨泉のクイズ・ダービー」と被るが、高松氏を始め、加藤武氏、浜村純氏などアクの強いキャラクターを揃え、人気を博していた。

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 「柔道一直線」などで名バイプレーヤーとして活躍した高松英郎(たかまつ・ひでお、本名・武市哲郎=たけいち・てつお)氏が26日、自宅で心筋梗塞(こうそく)のため、死去した。77歳だった。高知県出身。密葬は自宅で親族だけで執り行われるが、遺族の希望で日程は公表していない。

 高松氏は1951年、大映東京に第5期ニューフェースとして入社する。「巨人と玩具」(58年、増村保造監督)でサラリーマン役として注目を浴び、映画俳優として活躍する。大映を退社後の69年には「柔道一直線」(TBS系)で“地獄車”の車周作役で国民的人気を得た。最近では映画「黄泉がえり」(2003年、塩田明彦監督)や、テレビドラマでは大河ドラマ「八代将軍吉宗」(1995年、NHK)など、幅広い役柄を好演した。
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ジョセフ・バーベラさん逝く

ジョセフ・バーベラさん逝く

こう立て続くと、なんかいい加減にして欲しい。マジに。・゚・(つД`)・゚・。

既に鬼籍に入られた相方ウィリアム・ハンナ氏と共に、数多名作TVアニメを世に送り出した、間接的心の師の一人。代表作を「トムジェリ」はともかく、「スクービー・ドゥー」(邦題「弱虫クルッパー」)と「フリントストーンズ」(邦題「恐竜天国」又は「原始家族」)で済ますなと。

「チキチキマシン猛レース」「スカイキッドブラック魔王」を忘れてもらっては困る。

とは言え、正直のところ、もうお亡くなりになっていると思っていたのであったが、「詳しい死因は不明」というのがなんか物凄く切ないぜよ。。。。。。

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「トムとジェリー」のバーベラ氏死去
 「トムとジェリー」など子どもに人気のアニメキャラクターをつくり出した米アニメーション作家、ジョゼフ・バーベラ氏が18日、ロサンゼルス郊外の自宅で死去した。95歳だった。老衰とみられるが、詳しい死因は不明。

 1911年ニューヨーク生まれ。銀行勤務などを経て、アニメーション作家として30年代に映画会社MGMに採用された。故ウィリアム・ハンナ氏(2001年に死去)とコンビを組み「トムとジェリー」「スクービー・ドゥー」「フリントストーン」などのアニメーションを制作した。

[2006年12月19日11時47分]
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青島幸男さん、逝く・゚・(つД`)・゚・。

今度は青島だぁ・゚・(つД`)・゚・。
あぁぁあああああああ。

都知事としての芳しくない評判が先立つ昨今であったが、世界都市博をブっ潰した政治センスは、今でも俺は評価している。コレが、都庁内部のいじめの構造の引き金にもなったとも思えるのだが。

都知事の人気を終えて早々のバラエティ番組のインタビューで、衆議院時代からの座右の銘として自作の五言絶句を上げられていた事が何より印象深い。詩の詳細は覚えていないが、「コレね、日本語に直すと『わかっちゃいるけど やめられない スイスイスーダララッタ スラスラスイスイスイ』なんだよ」と嬉々として語っていた、あの笑顔!

都知事選い打って出るちょっと前、リメイク「シャボン玉ホリデー」に出演者として参加した折、コントのオチに使う金ダライの底を自ら金槌で叩いて伸ばし「こうするとイイ音出るんだよ」と構成作家として参加した景山民夫の目の前でやったという逸話も素晴らしい。

そう、生涯「シャボン玉ホリデー」のスタンスを守り抜いた人だったのだ。大勢に阿ねず、だがあくまでスマートにユーモラスにあるべしと、初心を貫き通した男前の方だった。。。。。。いや、もっと言ってしまえば、芸能界最後の江戸っ子(あえて、噺家方面は無視する)とも言えるのかも知れない。

その才能と生き様に憧れた者、数知れず。そうした方々に何言うでもなく、まさに生き様を見よ、「黙って俺についてこい!」「そのうちなんとかなるだろう」オーラを発散しつつ体現し、故・景山民夫、高田文雄、引いては唐沢俊一(コチラは景山のなりそこねとご自身日記でおっしゃってたから、孫弟子みたいなものか)功績もまた大きい。

安らかにお眠りください。。。。。。虫プロ劇場アニメ第一作『千夜一夜物語』で共演した岸田今日子さんと同日訃報が届くというのは奇しき縁を感じるなぁ。青島氏が声をアテた主人公アルディンのラストのセリフ

「はっ、いけねぇ。俺としたことが王様なんて小せぇ小せぇ」。・゚・(つД`)・゚・。

数多都知事職に就いた人物あれど、その訃報を心から悼む人間の数の多さでは、おそらく貴方が空前絶後ですよ、きっと。そして、その存在感をこれからも忘れない人々の数も。東京の王様なんて小せぇ仕事でしたよ・゚・(つД`)・゚・。
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訃報>青島幸男さん74歳=前都知事、放送作家、タレント
12月20日13時54分配信 毎日新聞


 放送作家、タレントとして高度成長期のお茶の間の人気を集める一方、95年の東京都知事選で無党派旋風を巻き起こすなど政治家としても活躍した前同知事、青島幸男(あおしま・ゆきお)さんが20日午前、骨髄異形成症候群のため東京都内の病院で亡くなった。74歳だった。葬儀は未定。自宅は非公表。喪主は長男利幸(としゆき)さん。
 1932年、東京・日本橋の仕出し弁当店の二男として生まれた。早稲田大学卒業後、テレビのコント番組「おとなの漫画」で放送作家としてデビュー。歌謡バラエティー「シャボン玉ホリデー」で売れっ子に。植木等の「スーダラ節」の作詞などを手がける一方、67年には、テレビドラマ「意地悪ばあさん」に主演し、タレントとしても一世を風靡(ふうび)した。81年に母親をモデルにした「人間万事塞翁が丙午」で直木賞を受賞した。
 芸能・文化面での活躍の一方、庶民の目線による政治の実現を標榜。68年の参院選全国区で2位当選(以後5回当選)し、政界入りした。この時のトップ当選は現都知事の石原慎太郎氏だった。
 71年の参院予算委員会で、当時の佐藤栄作首相を「財界の男妾」と呼んで批判し、92年には、5億円献金受領問題で金丸信自民党副総裁(当時)の議員辞職を求めてハンストをするなど、意表を突く手法で時の権力への対決姿勢を貫いた。
 95年の都知事では「反既成政党」を掲げ、政党相乗りの石原信雄・元官房副長官らを破って初当選。大阪府知事に当選した横山ノック氏と共に無党派層の時代を演出した。知事就任後は、開催が決まっていた世界都市博覧会の中止を実現させたものの、東京協和・安全の旧二信組の破たん処理への対応や自衛隊違憲発言、都の食糧費公開への消極的な態度などで批判を受けた。
 1期限りで知事を引退。04年の参院選に出馬したが、復帰はならなかった。【清水忠彦】


最終更新:12月20日13時54分
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岸田今日子さん、逝く

岸田今日子さん、逝く・゚・(つД`)・゚・。
えぇえええ!?今年は一体どういう年何だよ!!!

もの心ついた時にはすでに「ムーミン」であり、思春期に前後して「千夜一夜物語」と「傷だらけの天使」があり、今日に至るまで邦画を締める名優として、常に共にあったといって過言ではない存在だった。

「傷だらけの天使」の綾部社長。。。ショーケンや岸田森の雇い主。。。は時に慈母であり時に女帝であり、イイ女の極致として、一生忘れられない。「私、食事をしている所を見られるのは、セックスを見られるより恥ずかしいの」という名セリフは、世のあらゆる女性の金科玉条とすべし!と、思い続けて幾年月、これを体現し続けた方が亡くなるとは。。。。

アニメ方面では「まんが赤い鳥の心」だったか、「まんが日本昔話」の大ヒットに便乗したアニメの朗読が素晴らしかった。「赤い鳥」に掲載された大正・昭和の文人の手による名作童話をアニメ化し、岸田さんが朗読するというのが大まかな体裁だが、脚本は会話文の割合を増やし、事実上の岸田今日子一人芝居という、鬼のようにゴージャスな番組だったのだ。(OP/EDの主題曲の美しさと、怖いくらいシュールで幻想的なアニメもまた印象深かった)研究者の間では評価が低い模様の芥川龍之介「魔術」は凄かった。裏「杜子春」とも言うべき、子供向きではないネガティブ訓話である「魔術」を、これまた子供に阿らない演技で挑まれ、ギャンブルテーマの対決モノの白眉であった。

自作童話「子供にしてあげたお話、してあげなかったお話」の朗読(確か「哲子の部屋」か?)も素晴らしかった。幼児に語り聞かせる口調で語る、大人のエロス

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小さい子でも分かる部分が少しでもあれば、それでいいの。私たちだって本を読んでも、分からないところがずいぶんあるじゃない。でもそのときは謎でも、いつか分かるときが来るんです。
MS. Wendy インタビューより
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業界的には「岸田今日子」ポジションが確立して久しいものの、常に真摯に知性と品格と、そこから醸し出される様々な人間エッセンスを忘れない芸風だった。淑女の中の淑女、安らかに眠ってください。俺たちは一生、貴女のことを忘れません。

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岸田今日子さん死去 「砂の女」、ムーミンの声

 映画「砂の女」や、アニメ「ムーミン」の声などで知られ、演劇でも活躍した個性派女優の岸田今日子(きしだ・きょうこ)さんが17日午後3時33分、脳腫瘍(しゅよう)による呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。76歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで行い、後日「お別れの会」を開く。喪主は長女の西条(さいじょう)まゆさん。

 父は劇作家で文学座創立者の1人である故岸田国士。1950年に初舞台に立ち、文学座で「サロメ」などに出演した後脱退、劇団雲を経て演劇集団円の創立に参加した。

 主な舞台に「今日子」「更地」「ブラインド・タッチ」など。「こどもステージ」をはじめ、劇作家別役実さんの作品に数多く出演。ミステリアスな雰囲気で喜劇からシリアスな役まで幅広く演じた。

 安部公房原作、勅使河原宏監督「砂の女」(64年)で、昆虫採集に来た男を砂の世界へ引きずりこむ女の役を演じ、海外でも高い評価を受けた。映画「破戒」「八つ墓村」や、テレビドラマ「傷だらけの天使」でも独自の存在感を示した。

 60年代から「ムーミン」の主人公の声や、ドラマ「大奥」のナレーションを務めるなど、独特の声質と語り口で人気を集めた。

 著書「妄想の森」で98年、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞するなど執筆活動でも知られた。姉は詩人の岸田衿子さん。
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実相寺昭雄監督が亡くなった!・゚・(つД`)・゚・。

実相寺昭雄監督まで逝く・゚・(つД`)・゚・。
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訃報:実相寺昭雄さん69歳=映画監督

実相寺昭雄さん 「ウルトラマン」「帝都物語」などで知られる映画監督の実相寺昭雄(じっそうじ・あきお)さんが29日午後11時45分、胃がんのため東京都内の病院で死去した。69歳。葬儀は12月2日午前10時半、文京区湯島4の1の8の麟祥院。自宅は非公表。喪主は妻で女優の原知佐子(はら・ちさこ=本名・実相寺知佐子)さん。

 早稲田大卒業後、1959年、ラジオ東京(現TBS)に入社し、ドラマの演出をへて映画部に転属。「ウルトラマン」「ウルトラセブン」などの演出を手がけ、69年「宵闇せまれば」で映画監督デビュー。TBS退社後、「無常」「あさき夢みし」など、実験的作品を発表した。陰影を強調した奇抜な構図や、エロチシズムを追求した作品で、根強い人気を獲得した。

 88年「帝都物語」、98年「D坂の殺人事件」、05年「姑獲鳥(うぶめ)の夏」などの小説の映画化や、「アリエッタ」「ラ・ヴァルス」などエロチシズムを描いた作品を精力的に監督。夏目漱石の小説が原作のオムニバス映画「ユメ十夜」の一編、自身が演出したテレビ番組を映画化した「シルバー假面(かめん)」を監督し、公開予定だった。

 舞台やオペラの演出、「ウルトラマンのできるまで」などの著作も多数。東京芸術大学名誉教授。

毎日新聞 2006年11月30日 10時14分 (最終更新時間 11月30日 11時53分)
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実相寺昭雄
一昨日深夜より、ファミリー劇場で「シルバー仮面」の再放送が始まっていた。第一話(29日1:00)と第二話(30日1:00)は実相寺監督作品である。リメイク版「シルバー仮面」も実相寺監督で制作され、劇場公開直前の状態であった。まるで、監督が亡くなるプレリュードの様に作品がオンエアされたわけだ。奇しき縁を感じる。

実相寺監督と言えば、第一次怪獣ブームの立役者の一人。文芸からではウルトラシリーズ第一作「ウルトラQ」から参画されており、円谷プロとの所縁は深い。第二次怪獣ブームの時には皮肉なことに、円谷制作「ミラーマン」の裏番組「シルバー仮面」のメガホンをとることになったわけだ。

特異なアングルとカメラワークによる独自の映像世界を確立する一方、やはり今年物故した佐々木守氏などの脚本家にも恵まれ、実相寺監督の作品は特撮ファンのカルト的支持を今日まで得ている。だが、当時(今もか)ゲテもの扱いだった子供向け特撮番組において、素晴らしい作品を作り出したことをもってのみ氏の功績とするのは、ヲタクとしては浅はかに過ぎる。


遍く幼少期にウルトラやシルバー仮面などに触れた人間に、作家性という概念を最初に理解せしめた事がもっとも重要な功績であろう。実相寺監督の作風に衝撃を受けて映像の世界に進んだ方は大勢いるだろう。その作品を持って次世代への模範となりながら、未だ、実相寺監督の作品に双肩しうる作品はついぞお目にかかったことが無い。前人未到の霊山のような監督であった。

曼荼羅
実相寺監督の特異なカメラワークは、目的ではなく手段である。ロケを行えば実景を虚構の風景と化しめ、セットにあっては異様なリアリティを見せる。常に現実と虚構の領域を曖昧にする空間演出の魔人、それが実相寺昭雄という監督であったと思う。

また、サディズムに根ざす濃密なエロティシズムも実相寺監督の作家性の本質である。その嗜好はウルトラマン14話「真珠貝防衛司令」で既にして顕著に現れている。視姦というより視線の強姦とも言うべきクローズアップを持って、女優の貌を陵辱する手法は最近作「鏡地獄」に至るまで一貫している、サディスティックな表現だ。

子供の頃、「真珠貝防衛司令」がどうにも好きになれなかった。それは一重に醜いガマクジラ(コレに関しては、成田亨氏の著作に興味深い記述が残っている。コチラ参照)が嫌だったと思っていたが、長じてLDで観直してみて、ハタと気づいた。勃起も知らなかった俺は、フジ隊員のアップに本能的にセックスの匂いを感じ取り、拒否反応を起こしていたのだ。当然、いい大人になってしまえば、その衝撃的な映像に感動しつつ、前屈みにならざるを得ない。「真珠貝防衛司令」はそういう意味で、実相寺監督が手がけた全ウルトラシリーズ作品のなかでも最高峰の傑作と言えるだろう。


「あさき夢みし」OP
虚構と現実の曖昧さ、SMに加え、光と闇の描き方にも腐心された作風だった。鏡やプリズムをギミックに使う手法もさることながら、照明はバックの火炎のみといった撮り方も行っている。「シルバー仮面」第一話の冒頭や、「あさき夢みし」のイントロがつとに有名だが、役者の表情は愚か、目鼻の区別すら出来ない異様な画面が展開する。「あさき夢みし」なんてジャネット八田のアップでこれをやるんだから、ドSもいいところである。


「屋根裏の散歩者」種村季広調
他、少女人形だとかフランス語の書類(サドやコクトーの原書とか)など、演出に使われるギミックの数々には種村季弘の世界と被るものも多かった。

こうした嗜好性は当然の如く、江戸川乱歩の作品世界との相性は抜群。「屋根裏の散歩者」「D坂の殺人」「鏡地獄」と、乱歩映像の決定版とも言うべき作品群を排出している。とくに「屋根裏の散歩者」の空気密度を感じさせる画面は、リドリー・スコットの作品を凌駕していると断言できる。

あぁぁぁぁぁ、いくらでも語れる。語りつくせない。本当に惜しい方を亡くした。特に来年の正月映画で市川崑監督「犬神家の一族」が公開されるが、市川金田一シリーズに匹敵しうる、実相寺京極堂シリーズが実現できなかったことが返す返すも残念だ。

未練もまた尽きないけれど、謹んで御冥福をお祈りします。

石川賢氏、逝く

石川賢さん、逝く

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訃報:石川賢さん58歳=漫画家 「ゲッターロボ」作画
 石川賢さん58歳(いしかわ・けん<本名・賢一=けんいち>漫画家)15日、急性心不全のため死去。葬儀の日取りと喪主は未定。自宅は非公表。

 69年、漫画家、永井豪さんのアシスタントとなり、翌年「それゆけコンバット」でデビュー。大ヒットした永井さん原作の「ゲッターロボ」シリーズでは、作画を担当した。他の代表作に「虚無戦記」など。

毎日新聞 2006年11月16日 19時50分
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昼過ぎくらいに行き付けの掲示板で「噂」として知った。ソースとして作家の高千穂遥氏のblogが張られていたが、氏の聞き違い勘違いの類であることを切に願っていた。だが、本当だった。

謹んで御冥福をお祈りします。

だが、早すぎる。58歳。。。。。

氏の『ゲッターロボ』は数多ある「ゲッターもの」(氏の『ゲッターロボ號』も含む)の中でも唯一無二の聖典と言える程に完成度は高く、世に及ぼした影響は大きい。一度でも『ゲッターロボ』を読んだ事がある者なら、今の胸中はかの恐竜帝国編クライマックスでの流竜馬の心境と全く一致することであろう。

「うぉぉおおおおおおお、石川賢んんん」

武蔵と違って、肉体的苦痛はすくなかった事だけが、唯一の救いなのかもしれない。でも、手持ちの単行本が全て武蔵の胴に見える。。。。。。