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ドクター・フー 空っぽの少年

ドクター・フー 第九話「空っぽの少年」

ゾンビ化する医師
時空に漂う危険物を追ってドクター達が出現したのは、1941年ロンドン。バトル・オブ・ブリテンの最中であった。時間軸の微妙なブレで目標物を見失ったドクターは、独自に探索を開始する。空襲下の街で迷子になっている男の子を見かけたローズは彼を助けようとして、対空飛行船のロープをつかみ宙吊りにされてしまう。ドイツ軍機に撃ち落されかけたローズを救ったのは、イギリス空軍将校にカモフラージュした時空航行者キャプテン・ジャックだった。
一方、ターディスに据えつけられている鳴るはずの無い電話が鳴り出す。「その電話を取るな」と警告を発する少女を無視して電話を取ったドクターが聞いたものは「ママ。。。。」と囁く男の子の声だった。
少女ナンシーは、空襲が始まると防空壕に退避している家庭に忍び込み食料を奪って、疎開先から逃げ出したてきた身寄りの無い子供たちを養っていた。彼らと遭遇したドクター達の下に、またあの声が聞こえる「ママ、おうちに入れてよ、爆弾が怖いんだ。。。」母を捜し求める幼い子供に、異常な恐れを抱いて逃げ出すナンシーたち。落下物に何か関係があるのか?ドクターはナンシーからの情報を元に病院を訪れる。そこには、顔にガスマスクが癒着し、全く同じ外傷を負って心臓まで止まっている患者の群れがいた。原因不明の症例は接触感染する。折悪しく病院に現れたローズとキャプテン・ジャックともども、突然覚醒したガスマスクゾンビの群れに取り囲まれてしまう。


あぁ、怖い。

危うしドクター様御一行
ガスマスク少年との遭遇シーンの電話の遣り取りは、有名な都市伝説「メリーさん」みたいである。こういうネタが使われるということは、イギリスにもこうした都市伝説が存在すると言うことだろうか。興味深いところである。

(例によってネタバレはフォント色変えて)

既に輸入DVDで観てしまっているのだが、やはり吹き替えの方がディテールがはっきりして宜しい。ガスマスク少年=ジェイミーはナンシーの息子であるとか、キャプテン・ジャックが不法投棄した医療廃棄物がすべての発端で、ガスマスクゾンビは治療用ナノマシンの暴走の産物であるという後編で明らかにされる真相は、今回でヒントが全て提示されているのだね。ミステリとまでは言えないが、よく練られた脚本である。日本語の訳も中々宜しい。「ヤミで買ったんだぜ!」という子供Aの台詞なんかは、かなり上手い事処理していると言えよう。

なのにだ、どうしてサブタイトルのセンスが致命的に無いのか?原題"THE EMPTY CHILD"の直訳にしても、「虚ろな少年」という訳し方もあるだろうに。んで次週は「ドクターは踊る」(原題:"THE DOCTOR DANCES")だそうで。あーあ。
NHKのホームページでこのサブタイトルを観て、直感的に観ようかという気が起きるだろうか?今回のエピソードに限らず、「マネキン・ウォーズ」(原題:"ROSE")とか「ダーレク 孤独な魂」(原題:"DALEK")とか、直訳不能な原題であるにしても、もうちょっと見る気にさせる邦題ってものがあるだろうに。


今回と来週のエピソードのサブタイトル、ストーリーの内容を伝えつつ興味をそそられそうな邦題を考えてみた。「ママはどこ?」「ママはここに」なんてのはどうだろうか?

Doctor Who
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(US版 英語字幕有り)
BOX1~13話+特典
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Complete First Season V.3
(US版 英語字幕有り)
7~10話収録


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武藤礼子さん逝く

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訃報:武藤礼子さん 71歳 死去=声優
 武藤礼子さん 71歳(むとう・れいこ=声優)29日、急性心不全のため死去。葬儀は11月1日午前11時、東京都世田谷区砧7の12の22の耕雲寺。自宅は非公表。問い合わせは青二プロダクション(03・3479・1791)。喪主は夫明(あきら)さん。

 アニメで「ふしぎなメルモ」のメルモや「ムーミン」のノンノン、映画では「ジャイアンツ」のエリザベス・テーラーなどを担当した。

毎日新聞 2006年10月31日 東京朝刊
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謹んでご冥福をお祈りします。

エリザベス・テーラーはフィックスではなかったような気がする。うぅうう「クリスタル殺人事件」って吹き替え版のDVD出てたかしら?

他、「ド根性ガエル」のヨシ子先生など、向真理子さんとはまた別系統のほわーんとした耳に心地よい声が魅力でした。。。。んで調べてたら、旧ルパン第三話「さらば愛しき魔女」のリンダちゅぁん(山田康雄調)の声をあててらした。。。なんかもう、心境に嵌りすぎのキャスティングで鬱入ってしまう。。。。

ドクター・フー 父の思い出

ドクター・フー 第八話「父の思い出」

父の肖像
アダムと別れ、二人旅を続けることになったドクターとローズ。次の行く先は、1987年11月14日のロンドン。ローズの父ピートの命日だ。ローズが赤ん坊の頃、引き逃げにあって命を落とした父の死の瞬間に立会い看取ってやりたいというローズの願いを聞きとどけたドクター。だが、その決定的な瞬間を目の当たりにしたローズは身が竦んでしまう。
失意のローズはもう一度機会を乞い、その悲しみにほだされたドクターは同一時間軸に同一人物が存在する危険を押して再びターディスを操作する。
車を降り立つピートに迫る暴走車。見守る近過去のドクターとローズ。その後ろに再び現れたドクターとローズ。近過去の二人には決して存在を知られてはいけない。彼らが立ち去った後にピートの側へ行けというドクターの厳命を忘れ、思わずピートに体当たりして命を救ってしまうローズ。その瞬間、近過去のドクターとローズは消失する。未来が変わったのだ。そして、傷ついた時間を修復するリーパーが現れる。パラドックスに汚染された時間軸の地球を消毒するため、全人類を消滅させる無慈悲な狩を始めたのだ。


死ぬべき人の運命をタイムトラベルで救ってはいけないという時間テーマのヒューマンドラマ。。。なのだが、矛盾点が多すぎて、このジャンルの物語としてはダメな部類に入るかと。スタートレックで同テーマを扱った傑作エピソード「危険な過去への旅」の完成度の高さ、あるいは、一連のドラえもんのエピソードの思弁性の高さを再認識させられる。

悲しみのローズ
だが、ドラマ的な演出はきめ細かく、一般人レヴェルに目線を落とせば、十二分に良く出来た人情話である。と同時に、結構怖いホラーでもあった。公園で遊ぶ子供たちやブランコの背を押してくれる親がいつの間にか消えていき、たった一人取り残される黒人の少年(幼少のミッキー!)のシーンは、その恐怖感に共感度も高い。必要最小限の描写で人体消失の怖さを描く演出はセンスが良い。「スティーブン・キングのランゴリアーズ」(TVドラマ版)に通じるものがあると思った。

来週はSF版「呪怨」と敢えて言おう。「からっぽの少年」がいよいよ登場。"Mammy...Are you mammy?"と繰り返し呟きながらさ迷い歩くガスマスクを被った少年と、少年と全く同じ仕草で迫りくるガスマスクゾンビの群れが、バトル・オブ・ブリテン末期のロンドンを闊歩する!この怖さは半端でないぞ。


おまけ:幼き日のローズ

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藤岡琢也さん死去

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 テレビドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の父親役で知られ、テレビ、舞台の名脇役として活躍した俳優の藤岡琢也(ふじおか・たくや)さんが二十日午後三時十八分、慢性腎不全のため東京都内の病院で死去した。七十六歳。姫路市出身。葬儀・告別式は二十四日午後一時半から東京都港区芝公園四ノ七ノ三五、増上寺で。喪主は妻千鶴(ちづる)さん。

 広島の陸軍幼年学校在学中に敗戦を迎え、その後入学した関西学院大を中退。後に上京し一九五七年、劇団「葦」に入団。外国映画の吹き替えや、テレビドラマの端役で下積みを重ね、NHKの人気ドラマ「事件記者」に出演、注目を集めた。

 NHK「横堀川」の“ガマ口”役で、個性的な脇役としての評価を不動に。「関西弁でいきがって見せるが、根は善人の小心者」というキャラクターが重宝がられ、喜劇映画などに多数出演した。

 NHK大河ドラマ「元禄太平記」の紀伊国屋文左衛門、同「春日局」の豊臣秀吉など、こっけい味だけでなく、柔和な表情の奥にすごみを感じさせる演技も見せた。

 ホームドラマやCMなどでも親しまれ、TBS系人気ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」では九〇年の放送開始時から大家族の父、岡倉大吉役を演じたが、今年二月に病気のため降板した。 神戸新聞 10/22
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うわぁあ。謹んでご冥福をお祈りします。

偶然だろうが、10月の日本映画チャンネルは東宝の「社長シリーズ」をずっと放映してたんだよな。あの調子のいい専務が忘れられない。

あの雰囲気的を踏襲し続けた役者さんだったので、明智や金田一などの日本の名探偵物のドラマや映画に登場する警部役とか、もっとやっていてもおかしくなかったような気がする。NHK系の海外ドラマで重要な吹き替えをやっていたような気がするが、思い出せない。。。。

そういえば、犬堂一心監督の「死に花」では、すごいイイ役やってたな。高級老人ホームの入居者で、同じく入居者の加藤治子と老い楽の花咲かせてるの。んで、どっちかが死んだら、残された方は密かにお棺に忍び込んで、一緒にお骨になりましょうと誓い合ってるのね。んで、藤岡さんが先に身まかって、加藤さんが約束を果たしてってのが前段のクライマックスだった。

サッポロ一番のCMキャラというのも忘れがたい。「TV探偵団」で、十数年に渡るCM出演にも関わらず、CM中では、一回も出来上がったラーメンを口にしたことがないという視聴者投稿を検証する企画があったが、ホントに、初期2~3本以降食べてなくて、そのオンエア後に、ちゃんとラーメンをすするバージョンが作られたというのも楽しい思い出かもしれない。

ばってん荒川さん死去

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 ばってん荒川さん69歳(ばってん・あらかわ<本名・米崎一馬=よねざき・かずま>俳優、肥後にわか芸人)22日、ぼうこうがんのため死去。葬儀は24日正午、熊本市琴平2の1の40の玉泉院南熊本本館。自宅は同市新町3の4の26。喪主は妻美都江(みつえ)さん。
 1937年熊本市生まれ。18歳の時に即興喜劇の肥後にわか劇団「ばってん組」入り。19歳のころ熊本弁丸出しの「お米ばあさん」で人気になり、ラジオ、テレビタレントとしても活躍。東京や大阪進出後も、九州を拠点に活動を続けた。映画「トラック野郎」、ビデオ映画「静かなるドン」などに出演した。 (毎日新聞) - 10月22日20時2分更新
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謹んでご冥福をお祈りします。

「うまか棒」というアイスのCMのインパクトが鮮烈でした。ただ荒川さんが出てきて「あたりが出たらもう一本!」って言うだけのCMだったんだけどね。

ばってん荒川公式サイト

ブラック・ダリア

ブラック・ダリア
巨匠デ・パルマ節は堪能できるが、所詮はハリウッドメジャー。ゆるゆるのノワール映画。

MOVIXさいたま。

ブラック・ダリア


一行で言い尽くされてしまったなぁ。エルロイの原作を3/4くらいで読み進んだところでの映画鑑賞。メジャー制作配給だから出来た映画化ではあるものの、メジャー故の束縛も多く、単なるサイコサスペンスになってしまっていたのは残念至極。

全体セピア調の画質でまとめながら、ところどころイーストマンカラーみたいなベタっとした色調に転調する画面は印象的だが、演出的には大して意味が無かったような気がする。

中盤のクライマックス。主人公バッキー(ジョス・ハートネット)の相棒リー(ブライアン・エッカート)が、謎の殺し屋にくびり殺されかけつつ、明らかに女な謎のトレンチコートの男にナイフで喉を切り裂かれ、刺客もろとも落下死する場面。バッキーは、人生の恩人でもあるパートナーのピンチに身動きも出来ない。このシーンでは、デ・パルマ節炸裂。カット割りも異常に細かく立体的で巧み。加えて、イライラするスローモーションのカットバックを合わせ、吹き抜けの階段の途上と張り出しの高低差のある位置関係での凶行シーンを盛り上げてくれる。もっと言っちゃえばヒッチコックをリスペクトして止まないデ・パルマ御大の、最高にヒッチコック的かつデ・パルマ的な素晴らしいシーンであった。

が、まぁ何とも。。。あらゆる意味で対照的なリーとバッキーの個体差が殆ど感じられなかったり、昔の警察捜査の暗黒面描写が極端に割愛されていたり、なによりバッキーの内面描写がモノログだけで片付けられて実に平坦。なので、単なる猟奇殺人事件を追う、舞台がクラシックなだけの凡庸なデカもので終わっているのだな。一人のアバズレの惨殺死体が、一人の男を壊していくというある種文学的なプロセスは全く描かれていない。まぁ、デ・パルマ監督にその種の機微を要求するのもこれまた無理なハナシなのではある。そして、エルロイの世界観を十分に引き出した映画が仮に撮られたとしたら、それは興行成績を捨てることであるし、ネタがネタだけに芸術性というアプローチも望めまい。少なくとも、公開から20年のタイムスケールではね。

というわけで、毛色の変わったサイコサスペンスとしては十分に面白いが、エルロイ節の映像化としては、まったくダメ。そういう意味では良くも悪くも、同じくエルロイ原作のL.A.暗黒史四部作の一作である『L.A.コンフィデンシャル』と大差ない。妙なトーン&マナーが取れていてそれはそれで、面白いのかもだが。

ジェイムズ・エルロイとは全く無縁な映画ではあるがエルロイの原作小説の雰囲気はむしろ、ジョエル・シューマーカー監督の『8mm』の方がよく伝えているような気がした。

冒頭のファイアVSアイス戦で執拗にバッキーのへし折られた前歯を執拗に映すシーンは原作には無い描写。はっきりいって無意味なシーンだが、原作のバッキーは出っ歯で、それがイケてるというケイ(スカーレット・ヨハンソン)の台詞が原作にはある由。老け役の為に抜歯した田中絹代の役者魂をどう思うのかと小一時間問い詰めたいと思いつつ、監督の手際の見事さに巨匠の余裕を感じてみたり。

ドクターフー 宇宙ステーションの悪魔

ドクター・フー 第7話 宇宙ステーションの悪魔

ジャックインするキャシカ
ヴァン=スタテンの元で働いていたアダムは、ローズ、ドクターと共にターディスに乗り込み時空の旅の仲間となった。次にターディスがワープアウトしたのは、2,000世紀の地球衛星軌道上に浮かぶ巨大宇宙ステーションサテライト5。この時代地球人類は外宇宙に進出し100万の惑星を植民地化していた。個々の人類はみな脳にチップを埋め込み、サテライト5から情報を得ていた。人類文明のピークにある第四人類帝国の全情報とメディアを統括し、ニュースを発信するメディアステーション、それがサテライト5だった。
ドクターとローズは、サテライト5のジャーナリスト、キャシカとスーキーと知り合う。ジャーナリストの脳にコンピュータを直結し、人間をソフトウェアとして扱う最先端の情報システムを目にしたドクターは、サテライト5に強い疑念を抱く。ニュース配信の途中に、スーキーはサテライト5のフロア500に召還される。
昇進として二度と戻ってこれないエリアに降り立ったスーキーは、脳に処理をされたミイラ化した死体を発見する。実はサテライト5の支配に対抗する、地球人最後のアナーキストだったスーキーは、フロア500の責任者エディターに銃を突きつけるが、「マスターエディター」と称する何者かに襲われる。
その頃アダムはドクター達と離れて個人行動をとっていた。脳にチップを埋め込み、ローズの時空携帯を使って、20万年後の情報を自宅の留守番電話に転送しようと画策していた。


銀河帝国とサイバーパンクの融合したガチなSF編。ドクターは人類の未来を知っているのだが、サテライト5の不審な点をキャシカに諭す件は、ミステリ調で好感度高し。冒頭から繰り返されるローズの素朴なぼやきが、状況突破と解決に至る重要なキーワードになっていたりするのも、お見事なお手並み。上手い脚本である。
ドクターとローズの危機
サテライト5は『銃夢』の世界観の影響が濃厚であると思われる。だが、ネットワークにジャックインする時に額がパックリ割れて脳の一部が露出するなんてアナクロい描写をとる一方、ナノテクの粋を凝らした技術がゲロを固形化して吐きやすくするなんてバカバカしいアイデアもあったり、この辺のセンスはやはりイギリス的味付けでオモロイ。

だがなんと言っても、人類がその文明のピークを迎えた時すでに、醜怪なエイリアン、ジャグラフェスに支配されていたというアイデアが秀逸。「奴隷であることに気が付かない奴隷は奴隷と言えるか?」というエディターの問いは、ディック的な味付けもありつつ。。。今だと『マトリックス』ノリということになるんだろうなぁ。。。地球の銀行家連盟が黒幕という一捻りが宜しい。

ジャックインしたアダムから情報が逆流してドクターの正体とターディスの存在がエディターにバレるとか、事態を覗き見ていたキャシカに全てを悟らせ、逆襲行動に移させる最低限のドクターのセリフなど、とにかく脚本の練りこみと構成が秀逸な、文句なしの傑作編であった。

全編通じてのキーワード"Bad Wolf"がまたまた登場。どんな意味があるのか?クリストファー・エクルストン編の最終二話、まだDVDで見てないんだよなぁ。


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風の影

風の影 上/下 カルロス・ルイス・サフォン 訳:木村裕美 集英社文庫
ディレッタンティズムとは無縁の通俗性がある種心地よい、古典ロマンの再構築。
風の影〈上〉


1945年6月のある早朝、10歳のダニエル少年は古書店を営む父親に連れられ、バルセロナ市街のとある秘密めいた場所に連れて行かれる。そこは「忘れられた本の墓場」と呼ばれる、古書の迷宮のような場所であった。そこで一冊だけ好きな本を選べと父に促されるダニエル少年。様々な書き手や持ち主の思いの込められた本の迷宮から選ばれた一冊は、決して失われないよう、生涯を賭けて守らなくてはいけないのだ。彼が選んだ本はフリアン・カラックス著「風の影」。多くが謎に包まれた作家の失われた一冊を中心に、ダニエル少年の人生は数奇な運命を描いていくのであった。

情感たっぷりの導入部だが、ボルヘスやダニング調の「書を巡る運命」を期待すると大きく外れることになる。本作は、書物そのものではなく、それを書いた人間、読んだ人間の運命を綴る物語なのだ。

舞台となるのはスペインの内戦を経て独裁者フランコの統治下のバルセロナ。フリアン・カラックスの謎に満ちた運命のように、どんよりとした暗雲が立ち込める陰鬱なムードである。

そうした世情の中でダニエル少年が少年から青年に至るプロセスが、上巻の主要な内容だ。大手古書店主の一人娘、盲目の美女。。。年上の女。。。への激しくも切ないダニエルの初恋の行方に見え隠れする禍々しい人物たち。。。フリアン・カラックスの著作を全て焼き尽くそうと画策する謎の男、冷酷で粗暴な治安警察の刑事部長フメロ。そしてダニエルを暖かく見守る父親や友人たち、ダニエルに助けられて生きる活力を得た元浮浪者にして生涯の親友となるフェルミン。

これら登場人物たちが織り成す物語は、はっきり言って通俗的である。だが、それ故に一度読み出したらもう止められなくなる。それは一重に、丁寧なキャラクター造詣の成せる技である。登場する全てのキャラクターがそれぞれのドラマを感じさせ、陰鬱な時代に鮮やかなきらめきを放つ。威力ある登場人物のおりなす一大ロマン。これは、古典的を現代に再構築したとも言えるだろう。そして、人の営みや感情の普遍性を顕にする。だから、面白いのだ。


風の影〈下〉

そして1954年。19歳になったダニエルは、親友トマスの妹ベアトリスと恋に落ちる。許婚のいるベアトリスとの道ならぬ恋が燃え上がる一方、フリアン・カラックスの謎に満ちた生涯も、少しづつベールが剥ぎ取られていく。意外な人物から語られる、フリアン・カラックスの劇的な生涯。そして、カラックスの人生に深く関わっているもう一人の人物、刑事部長フメロは、カラックスの死亡に疑いを抱いており、カラックスの人生を探るダニエルに付きまとう。
ダニエルの心強い見方フェルミンもまた、その過去においてフメロと浅からぬ因縁があった。ダニエル父子のささやかな古書店が治安警察の暴威に晒される。
カラックスの生涯が明らかになるにつれ、ダニエルはそれと知らぬうちに、自身の人生がフリアン・カラックスの人生をなぞっていることに気が付く。フリアン・カラックスとは何者なのか?カラックスの存在を抹消しようとする男は何者なのか?フメロとカラックスにはどんな繋がりがあったのか?そして、ダニエルの運命は!?

ストーリーそのものは通俗的であるし、カラックスの秘密が明かされる手法も、あまり褒められたやり方ではない。だが、カラックスとダニエルの人生がシンクロしていく運命の妙を味わわせる構成力は見事なものがある。時代も境遇も全く異なるダニエルとカラックスが、二重螺旋のように一つの結末に向かっていく。その運命を手繰るのが、悪玉のフメロである事がなんとも上手いのだな。

読み進めていけば、オチは大体読めてしまうのだが、それでもなお、ラストのカタルシスは堪えられない。卓抜した構成力に加え、カラクター造詣をじつに丁寧に緻密に行っているからだ。特に、悪玉フメロの憎憎しさのディテールと運命論的な壁の役割に対し、実に生き生きと軽妙に、生の謳歌を歌い続ける道化のフェルミンの存在が素晴らしい。ダニエルより遥かに年上でありながら、親愛と忠誠を尽くす友人にして従者という立ち居地は、実にクラシックである。だが、その行動原理のプリミティブさ、つまり人間が本能的に持つ善性がるからこそ、陰惨な運命論的物語を大団円に軌道修正するある種の力技を、素直に感動に結びつけるのである。

動くな、死ね、甦れ!

動くな、死ね、甦れ!

監督/脚本  ヴィターリー・カネフスキー。1989年製作のロシア映画をミステリチャンネルで観た。
舞台設定は、スターリン政権下のソビエトの炭鉱町。
主人公の少年ワレルカは母子家庭で育つ。背伸びして大人びたい年頃で、市場でお茶売りをして金を貯めてスケートを買うが、町の悪童に盗まれてしまう。喧嘩友達の、聡明で世慣れた少女ガリーヤの助力を得てスケートを奪い返す事に成功するが、ここからワレルカの転落人生が始まる。
学校の汚水槽にイースト菌を投げ入れたイタズラ(過剰発酵した糞便が逆流して校庭に溢れ出す!)が発覚して退学に。スケートを盗んだ子供の父親は真相を知らぬままワレルカを袋叩きにする。その腹いせに、その父親(鉄道車夫)を困らせようと仕掛けたイタズラで列車は横転し大事故になる。
警察の取調べを恐れたワレルカは町を逃亡。最後には強盗団のお先棒担ぎをやることになる。半年に渡るワレルカの逃亡生活を追跡して迎えに来たのはガリーヤだった。口封じに迫る強盗団を巻いて故郷を目指すワレルカとガリーヤだったが、先回りした強盗の一味に撃たれてしまう。ガリーヤは即死、ワレルカは重症を負い病院へ搬送される。
娘の突然の死に正気を失い、全裸で踊り狂うガリーヤの母親の姿を映し、映画は終わる。

前半、延々とソビエトの労働者階級の生活や強制労働キャンプの模様が続き、退屈な映画だなぁと思っていた。ガリーヤの頭の回転の良さに対し、あくまで愚かなワレルカの掛け合いは、クレヨンしんちゃんVSジャリンこチエといった趣があって面白いのだが、なんかミステリチャンネルで取り上げるような雰囲気では無いのだ。
が、列車横転事故から一転してサスペンスタッチの展開になる。逃亡を続けるワレルカの姿が描かれていくのだが、それは子供の浅知恵+映画的ご都合主義であってもなお、逃亡者のタフでハードな緊迫感を強く感じさせる。
宝石店を襲う手引きを手伝わされたワレルカの目の前で店主の頭がカチ割られて、返り血がワレルカの頬を濡らすシーンがすごい。何が起こったか理解できないままのワレルカはただ頬の血を手で拭うだけなのだ。一人の悪童が、いよいよ抜き差しならない悪の道に踏み込んだか!と思わせる凄みのあるシーンだ。
季節は流れて夏。逃亡先の海辺ではワレルカの口封じの算段が、強盗団の間で取り交わされる。ワレルカはいっぱしのワル気取りで、自分の仕事を吹聴して回るダメなチンピラになっていたのだ。そこに救いの手を差し伸べるガリーヤが登場することで、ワレルカは元のバカな悪ガキに戻ってしまう。。。。というか、バカな悪ガキのまんまだったのだが、先述の宝石店強襲のシーンを反故にするような演出で、それはそれでスゴイとは思う。
そしてここから「少年探偵モノ」調のクライマックスに突入する。愚かなワレルカは賢いガリーヤの助けを借りて、まんまと悪い大人を出し抜きましたとさ、めでたしめでたしにむかって一直線のはずだったのに。。。。
本編中特に雰囲気の暗いシーンには、日本語の民謡がインサートされている。よさこい節や炭坑節、五木の子守唄などだ。ラストでガーリヤが遺体となって猫車で帰宅するシーンには五木の子守唄のハミングが被さり、何とも言えない哀愁が漂う。

余りにショッキングかつワレルカの今後の運命が気になるリドルストーリーめいたなラストは、なるほど、ミステリチャンネルむけの映画であったなぁと。納得した。これは、ミステリ好きにはかなりカルトな映画なんだろうなぁ。
ちなみに、ワレルカのその後を描いた「一人で生きる」という作品が1991年に製作されているらしい。

ジャガーノート

ジャガーノート

『三銃士』/『四銃士』のリチャード・レスターがメガホンを取った、アドベンチャーフィクション巨編。
『ポセイドンアドベンチャー』に代表されるディザスタ映画ブームの中で製作された。だが、豪華客船モノに見せかけて実は、天才的な爆弾魔と歴戦の爆弾解体のプロが技量の限りを尽くして戦う対決モノである。

大西洋航路の豪華客船ブリタニア号に六つの時限爆弾が仕掛けられた。ジャガーノートを名乗る犯人は50万ポンドを船会社に要求する。船と乗客の安全を第一に考える船会社の重役(イアン・ホルム)は犯人の要求を呑むよう政府筋と交渉するが、イギリス政府は強攻策を選択。ファロン大佐(リチャード・ハリス)率いる爆発物解体の特殊部隊をブリタニア号に送り込む一方、国内の名うてのボマーをヤードに虱潰しに当たらせる。
折りしも天候は荒れ、ファロンは乗船前に複数名の部下を失う。また、捜査の指揮を執る警視(アンソニー・ホプキンス)の家族はブリタニア号船上に。緻密に作られた爆弾は、解体中に二個が爆発。犯人の要求を呑む形で現金受け渡し時に捕獲しようとするが、あえなく失敗。ジャガーノートの声明するタイムリミトは刻一刻と近づいてくるのであった。

政府筋との交渉やヤードの捜査の描かれ方は、結構淡白。だが、実際に外洋に出した船でロケを行い、リアリティ溢れる特殊部隊乗船のシーンや、爆弾解体の緊張感をこれでもかと描き、リチャード・ハリスのプロフェッショナリズムに演出の焦点をあてた事が、時代を経てなお現代のアクション映画に勝る重厚な作品に仕上げている。

時限爆弾の解体か爆発か?クライマクスで、切断するリード線の二択を迫られる緊迫感溢れる心理戦は本作以降「ジャガーノートもの」と呼ばれる。本作がこうしたシチュエーションの草分けであるが、その完成度の高さは全く色褪せる事が無いのも、先述のように焦点を絞りきった演出故であろう。

ちなみに面白いのは、このような極限状況にあって、乗客が妙に聞き分けが良くて大人しい事だ。この辺、イギリス人とアメリカ人の「公共性」の差が見えてとれる。「(船会社を)訴えてやる!」とか叫ぶヤツとか、パニックによる暴動とかが全く無い。テロなれしているからか、豪華客船の乗客に成り得る社会的ステイタスのたしなみなのか。リアルか否かはともかく、ここで描かれているイギリス人の国民性もまた、プロ対プロの対決を純粋に堪能させてくれる。そういう意味では、ハリウッドメジャーの喧しい映画が席巻するここ二十年くらいのアクション映画シーンにあって、実に斬新な作品であると言える。

Dr.Who ドクターフー 「ダーレク 孤独な魂」

ドクター・フー 第六話 「ダーレク 孤独な魂」

何者かの信号に引かれてターディスが現れた先は、2012年のアメリカ合衆国ユタ州、地下800mに作られたエイリアン博物館だった。ロズウェル事件のUFOの残骸やサイバーマンの頭、スリジーンの腕が収蔵された私設博物館は、大富豪ヘンリー・ヴァン=スタテンの妄執の産物。その深層部にはドクターの天敵ダーレクが虜となっていた。
ドクターの故郷を滅ぼし、種族絶滅に至った「タイムウォー」は、タイムロードとダーレクの種の存亡をかけた全面戦争だったのだ。その最中に時空から弾き出された最後のダーレク。外装も崩れかかったダーレクを哀れに思ったローズが手を触れた時、最後のダーレクはローズの遺伝子をスキャニングし再生を果たす。
ダーレクの本能のままに、地球人抹殺を開始するダーレク。食い止めようとするヴァン=スタテンの私兵はことごとく抹殺されてしまう。電力を補給しインターネットで情報を検索するダーレク。だが、「タイムウォー」の情報を得ることは出来なかった。
ダーレクを地上に出す前になんとしてもダーレクを殲滅せねばならない。ドクターは対核攻撃障壁を降ろしてダーレクを地下に閉じ込めるが、ローズが逃げ遅れてしまった。
ダーレクはローズを人質にドクターに対話を求める。「タイムウォー」の顛末と、自分が何をすべきなのかを。

SF的に「どうよ!!」って突っ込みドコロ満載なのだが、これはまぁそういうものだと納得する寛容な心が肝要(w。

今まで放映されたエピソードに度々描かれるドクターのテロに対する毅然とした態度や、ローズの物分りのよさ。。。一人死んで百人助かるなら止む無しというメンタリティーは、流石イギリス製ドラマという感じ。イギリスは日々テロの脅威に晒されているからなんだろうな。。

また、第二話のカサンドラといい今回のヴァン=スタテンといい、アメリカ人の営利主義への皮肉が利いているのも新鮮である。

本エピソードの原題は"Dalek"。流石のタイトルロールで、最後のダーレクはドクターよりも余程主人公らしい絵がかれ方であった。ダーレクの武器は放電銃。電圧を自在に調節できる超指向性の落雷発生器のようなものだが、スプリンクラーを作動させ、水とキャットウォークの伝導を使って一撃でヴァン=スタテンの私兵を全滅させるやり方は、文字通りシビレたね。『コブラ』観てるみたい。小銃弾も蒸発させる高出力のエネルギーフィールドを張り巡らせる武力を持ちながら、知恵で戦う演出がイカス一方、「宇宙最悪の種族」の凄みを感じさせる。

密閉空間で強力なモンスターがジワジワ迫ってくるというシークェンスは所謂『エイリアン』パターンであるが、盛り上げ方が上手かったと思う。

名セリフも百出。「究極の民族浄化」だの「お前のほうがダーレクらしいな」とか。「彼は変わったわ。あなたはどうなの、ドクター?」というローズのセリフが泣かせる。ただ惜しいのはローズがダーレクにかける最後の言葉。これは言語直訳で「。。。抹殺。。。」にしてくれた方が余韻が深かったように思う。

Doctor Who
Complete First Series
(US版 英語字幕有り)
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Doctor Who
Complete First Season V.2
(US版 英語字幕有り)
4~6話収録


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西山登志雄さん逝く

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 東武動物公園(埼玉県宮代町)開園時の園長で「かば園長」の愛称で親しまれた西山登志雄(にしやま・としお)さんが9日午後4時40分、肺炎のため埼玉県春日部市内の病院で亡くなった。77歳だった。葬儀は13日正午、同県宮代町川端4の535の1のレクイエム聖殿春日部。自宅は白岡町爪田ケ谷143の4。喪主は長男寿彦(としひこ)さん。

 1946年に上野動物園に採用され、カバやライオン、サイなどの飼育を担当した。81年の東武動物公園開園とともに園長に就任。親しみのある風ぼうとカバをこよなく愛したことから「かば園長」と呼ばれた。00年に名誉園長となり、05年に退任。86年5月~92年5月、本紙夕刊でコラム「かば園長の動物教室」を連載した。

毎日新聞 2006年10月10日 20時21分
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関東ローカルでは東武動物公園のTVCF「サイサイ埼玉県にカバカバカバ園長がやって来たぁ~」を観て、あぁ、ご出世されたんだなぁと感慨深かったものがあったが、思い返せばそれも二十年以上前の話か。

週刊少年ジャンプ掲載時、オンタイムで『僕の動物園日記』を読んでいた。印象深かったエピソードはパンダが上野動物にやってきて、その飼育奮戦記であった。「プロジェクトX」の先駆け的な展開であったが、後に「プロジェクトX」でも取り上げられた時には、感慨を新たにしたものだった。

他にも、ゴリラの飼育や、倉庫に巣くう動物たちの幽霊話などが思い起こされる。氏の奮戦は素晴らしいものであるが、マンガという媒体で出会っていなければ、ここまで印象付けられることは無かったであろう。

七十七歳という年齢が早いのか遅いのかは解らないが、アカデミズムの現場とは違う舞台で、かくも有名な方は他にいないであろう。謹んでご冥福をお祈りします。

カポーティ

罪悪感と悔恨逆転現象。真に「冷血」なのは誰だったのか?

日比谷シネシャンテ

原作も読み、67年製作のリチャード・ブロックス監督の「冷血」を観ないと迂闊な事は言えない、完成度の高い、重いテーマの作品であった。

クラッター一家惨殺事件の犯人の一人ペリー・スミスに弁護士まで付けて面会を重ねるトルーマン・カポーティー(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、ペリーの減刑を願うわけでも、悔悛を期待するわけでもない。ただ自身の名声の為にドキュメント小説「冷血」を執筆する事だけを考えている。ペリーは、カポーティーを唯一の味方と認識し、著作活動を通じて減刑嘆願をしてくれるものと思っている。そんな二人の関係を観てデューイ捜査官(クリス・クーパー)はカポーティーに「どっちが冷血なんだ?」と問う。これが本作のテーマなのだが、脚本も監督も、ここで物語を終わらせはしない。

着々と「冷血」の執筆が進むも、事件当夜の状況、そして、控訴の後の判決が解らないと作品を結ぶことが出来ない。カポーティーの打算を知らず、ひたすら彼にすがるペリー。カポーティーは次第に、プレッシャーに押しつぶされていく。それは、タイトルのみならず冒頭部まで公表してしまった「冷血」の完成を急ぐ焦りに加え、ペリーに対する罪悪感の芽生えも影響しているのではないかと思われる。

最終控訴を終えて死刑判決で結審を迎えた後、ペリーはカポーティーに事件当夜の行動をつぶさに語る。凄惨な自供はこの世への置き土産というより、カポーティーへの感謝の故と見受けられる。この告白はカポーティーの魂を大きく傷つけるのだが、この辺りが、先述のように「冷血」を読まないと理解が及ばない部分である。

当初はクラッターの人々を傷つけることに消極的であったペリーが、どうして一転して一家四人の頭を猟銃で吹き飛ばしたのか?一瞬の殺意の閃きが、この映画を観ただけではどうしても理解できないのだ。

そしてカポーティーはペリーの死刑執行にも立ち会うことになる。「冷血」は完成するものの、作家としてのキャリアは事実上終焉を迎えることになる。この時、カポーティーは何を感じたのか?長く付き合って情の移った男のの死を目の当たりにして、罪悪感に押しつぶされたのか?

ここの辺りも、この映画を観るだけでは判断できない。なぜなら、76年製作の「名探偵登場」なんて馬鹿馬鹿しい映画に、最もバカバカしい役所で出演してるんだもの。

自身の才能の枯渇を早々と察知し、ペリー・スミスに責任を転嫁して、悲劇性を持って残る半生を近代文学のカリスマとして演出した。。。。とも考えられるわけで、その辺の事情は、この映画だけでは判断しきれないのであった。

アメリカ近代文学における「修善寺物語」めいた挿話として素直に感動しておくのが吉なのかもしれない。

冷血

夜のピクニック

夜のピクニック

ノスタルジーでもなく、恥ずかしくもなく、素直に「あぁ、こういうのっていいなぁ」と憧れられる青春の一頁。

MOVIXさいたま。

原作を読んでいたんでね、女の子三人が寝転んで見上げる夜空の星が、地上の懐中電灯の明かりの群れにオーバーラップする導入部観ただけで、涙がこぼれてきてしまった。

優れた原作の持ち味を過不足なく映像化した、良い映画だったと思う。原作を読んだときも感じたのだが、この夜通し行われる歩行祭が学園生活の終わりではなく、人生の新たな節目の始まりであるという意味を汲んだラストの構図が、あぁ解ってらっしゃると、ほぅと心地よい溜息をつくことが出来た。

舞台となる町も、よく見つけてきたなぁと言う感じ。常陸の方らしいが、時代を超えた、古くもあり新しくもある風景が、なんとも美しかった。

徳井優が何気にイイ役だったなぁ。高校生たちに付き従うわけではないが、丸一日かける歩行祭の冒頭、夕食時、ゴール前で登場する徳井は、大人の立場で最初から最後まで見守っていたわけだ。おそらく、あの学校のOBなのであろうといったささやかなドラマ性や、年代を超えた共感を暗示するうまい扱い方だったと

芸能グルメストーカー






芸能グルメストーカー




芸能人オススメのお店(実在)を訪れるグルメレポートマンガなのだが、その紹介している芸能人に対して、徹頭徹尾、過度の思い込みを持って一喜一憂し、料理の感想もそこに無理矢理落とし込んでいるのであった。そういうわけで「ストーカー」と、タイトルそのまんまの大変解り易い内容になっている。

泉正之といえば、80年代初めのギャグマンガシーンで、吉田戦車、しりあがり寿らと共に全く新しい笑いを提供し時代を築いた、ギャグマンガ界の寵児。藤子不二夫かエラリー・クイーンか(w)という二人で一人の共作漫画家である。
デビュー作『夜行』も最近文庫で復刻されているが、このころから一貫して、「本郷番」というハードボイルド・ダンディの男を主人公としたシリーズを描いている。本書はその最新作。瑣末な事に拘るダンディズムを貫き通せない渋がり男のトホホ感を、今現在三十代半ば~四十代の世代には身につまされる共感を持って描く作風だ。

本作もその辺りの共感の笑いは健在である。チョイスされる芸能人が、上は杉田かおるから下は安達祐美というレンジで、工藤静香、井上和香、菊川怜、篠原涼子等々がネタにされている。例えば菊川怜。本郷は彼女オススメの店、青山・ブルーに赴きロコモコ丼を食し、甘ったるくて胸焼けのするロコモコ丼にHAWAII=KONISHIKIというイメージを経て胸焼けしましたという顛末。その間に菊川怜に対する先入観、独断的思い込みが、「実際にヤるとあまりヨクナイ気がして仕方が無い」から「いや、絶対にヨイに違いない!」にまで昂ぶってしまうのである。

文章で書いても何のことやらさっぱりワカランな(w。要は、食欲と性欲を結びつけてしまう実にバカバカしい妄想実験マンガなわけである。

女子禁制な方面で抱腹絶倒である。

Dr.Who ドクターフー UFOロンドンに墜落/宇宙大戦争の危機

Dr.Who ドクター・フー 第四話/五話 UFOロンドンに墜落/宇宙大戦争の危機

UFOがビッグ・ベンを破壊してロンドンのド真ん中テムズ河に着水する。UFO内からエイリアンも回収され、人類と地球外生命体の1stコンタクトに世界は色めきたつ。野次馬根性剥き出しで、ドクターはエイリアンが収容されている病院に忍び込むが、エイリアンの正体は地球産の豚だった。また、UFOの航跡をシミュレートすると、UFOは地球から発進され、一度大気圏外を抜けて来た事が解ったのだ。はたして、UFOの正体は?乗組員はどこに行ったのか?
非常事態対応マニュアルに則り、英国内のエイリアン事件のオーソリティーが緊急招聘される。その中には最重要パーソンとして「ドクター」も指定されていた。ローズを伴い首相官邸に招聘されるドクターだったが、対策会議の席上で、首相代行と将軍がエイリアンだったことが発覚する。
独自にエイリアンと危機管理関連の主要メンバーが入れ替わっている事を突き止めたハリエット議員とローズは、エイリアンに襲われる。。。。時を同じくしてローズの母ジャッキーもまた。。。。(四話)

地球人の対策会議メンバーはエイリアンに皆殺しにされるが、危機一髪でドクターは脱出に成功。だが、自在に人間の皮を着脱できるエイリアンは、首相代理に化けたまま、軍にドクターの抹殺と官邸の完全封鎖を命じる。
ローズとハリエットと合流したドクターは閣議室に立てこもる。ミッキーに助け出されたジャッキーだったが、警察長官に化けたエイリアンの執拗な襲撃に追い詰められる。エイリアンの組成はカルシウム分である事を見抜いたドクターは携帯で指示を出し、酢を使ってジャッキーとミッキーにエイリアンを撃退させた。
宇宙マフィアのスリジーン・ファミリーを名乗るエイリアン達は、緊急事態として核ミサイル発射コードを国連から入手し、第三次世界大戦を引き起こそうと画策していた。地球を粉々にしてから、燃料や鉱物資源を回収しようとしているのだ。ドクターはミッキーに軍の司令システムをハッキングさせて、大西洋を潜行中の潜水艦からハープーンミサイルを首相官邸に向けて発射させ、地球の危機を辛くも凌ぐのであった。(五話)

種族名と個別の名前を分けたりするところは、海外SFドラマらしい。下品な屁こき宇宙人にももっともらしい理由付けを行い、それがちゃんと伏線として機能しているあたりは、最近の日本の特撮番組ではないがしろにされている事が多いので嬉しかったし、イギリス的能書きたれで面白かった。また、イギリス的といえば、四話でターディスに書かれた落書き("Bad Wolf")を、五話のラストで書いた本人の子供に消させているあたりも、アメリカンウェイとは異なる倫理感で面白かった。
UFOが接触してビッグ・ベンが大破するシーンはミニチュア撮影。スリジーンもスーツメーションとCGを上手く使い分けていて、SF特撮における感性が日本人とイギリス人は非常に良く似ているなぁと思う一方、日本はどんどんアナログの職人芸が失われていっている感を覚えてしまった。
娘の身を案じるジャッキーの罵倒をじっと無言で聞き続けたドクターが、「それでもやらなくては」という件は重く、ドクターが徐々に人間の心情というものに理解を深めていることを明示する上手い演出である。ラストでのミッキーとローズの別れのシーンも、意味深であった。。。第十一話はスリジーンの生き残りの逆襲編なのだが、ミッキーはローズ不在の間に新しい彼女を作って決定的に破局するのだが、今段階ではどうとでも取れる終わらせ方が上手いのであった。
四話でUNITが名前だけ出てくる。クラシックシリーズでは地球防衛軍的なポジションの組織だったのだが、軍関係者との接点を断つドラマ作りは、諸刃の剣のような。。。と思ってたら、スリジーンにコマンダークラスがあっさり全滅させられてしまって、ちょっとコケた(w。

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妖精たちの森






妖精たちの森
(初回限定生産)



かのゴシックホラー小説の名作ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』を原作とした映画。

『ねじの回転』は、イギリス郊外にある邸宅に住む二人の幼い姉弟、その家庭教師とメイドが体験する心霊現象の恐怖を描いた幽霊物語である。不慮の事故死を遂げたとされている前任の家庭教師と下男の霊が、それぞれ姉と弟に取り憑き、その肉体を使って生前のような男と女の関係を続けようとするという、おぞましい内容の物語だ。

そして『ねじの回転』は1961年に、 ウィリアム・アーチボルド、トルーマン・カポーティ、ジョン・モーティマー三人の手を経た脚本とジャック・クレイトン監督によって映画化されている。この映画もまた、映画史に残るホラー映画として長く高い評価を受けているが、こちらを観るのはなかなか難しい。

本作は61年作品のリメイクではなく、『ねじの回転』の前日譚という体裁の物語になっている。下男ピーターと美しい家庭教師マーガレットの爛れた関係、それを覗き見つつピーターに感化されていく幼い子供たちの姿を、ゴシック調に丁寧に描いている。が故に、美しいイギリスの庭園風景や、これまた心にしみる美しい音楽とともに、得も言われぬ不快感を盛り上げてくれる。そして、本当に衝撃のクライマックスを向かえる。そこに来て初めて、身の毛もよだつ恐怖を観るものに感じさせるのだ。


ねじの回転
-心霊小説傑作選-

このように、本作では恐怖の対象としての超自然現象は全く無い。ただひたすらに、19世紀末の上流階級の日常の営みを追い、刹那的に覗く闇を的確に捉えているのだ。いや、闇を捉えるというより、時折陽を遮る雲の翳りのように、何気なく、だが陰鬱な暗さを投げかけているのだ。

原作はあまりに古い。ゴシック表現としてはかなり洗練されている文体であるが、本質の描写は控え目である。が故に、今日的な解釈をもって読み解くことが出来る。この映画はそれを行っているのだ。だから是非、本作を見終わったら原作小説も読んでみて欲しい。物語の様相は全く異なり、そのラストの美しさは永久に忘れることが出来なくなるであろう。。。トラウマ必至である。


米澤嘉博さん死去

訃報 米澤嘉博さん
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 米澤嘉博さん53歳(よねざわ・よしひろ=漫画評論家、コミケット社長)1日、肺がんのため死去。葬儀は米澤家とコミックマーケット準備会、コミケットの合同葬として7日午後1時半、東京都港区元麻布1の6の21の善福寺。自宅は非公表。葬儀委員は準備会の安田かほるさんら。喪主は妻英子(えいこ)さん。

 75年に同人誌の展示即売会・コミックマーケットを初めて開いた「コミケ」生みの親。02年に「藤子不二雄論-Fと(A)の方程式」で日本児童文学学会学会賞を受賞した。

毎日新聞 2006年10月1日 20時23分
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我々の世代には、サブカルチャーのサイドからマンガをマンガとして語った草分け的な方だったんだよな。53歳は若すぎる。謹んでご冥福をお祈りします。

フランス白粉の秘密

フランス白粉の秘密(1930年発表) エラリー・クイーン 宇野利泰 訳 ハヤカワ・ミステリ文庫






フランス白粉の秘密




N.Y.五番街に立地するフレンチ百貨店では、通りに面したショウウウィンドウで行われる、ヨーロッパ近代家具のデモンストレーションが話題になっていた。毎正午に開かれるデモンストレーションを観に現れた見物客の前で、収納式ベッドを展開した時、一人の女性の死体が転げだす。二発の弾丸で心臓を打ち抜かれている女性は、百貨店社長の夫人であった。

これは未読であった。今回初めて読んでみた感想は、よく出来たパズラーであるなぁと。割に早々と事件の概要が提示され、犯人の特定も比較的容易であり、「読者への挑戦」へ正解を出せる快感を比較的簡単に享受できるという点において楽しめる作品であったかと。

だが、血痕から犯行現場がショウウィンドウ内部ではなく別の場所であるとするエラリーの論拠からすれば、真の犯行現場である社長室の血痕についての言及は、いささかアンフェアではないか?心臓を打ち抜かれているのだから当然大量出血が起こるわけで、その染みは当然社長室の絨毯にもドップリ血溜りを作っているだろう。それを痕跡を全く残さず処理できるものだろうか?まして、キーアイテムになるブックエンドの底部に張られたフエルト地の僅かな色違いを言及しているのなら、絨毯の色実や柄、材質に全く触れていないのはズルくない?

それはソレとして、原題は"The French Powder Mystery"なわけであるが、これを『フランス白粉の秘密』と訳した翻訳者の胸中は察して余りある。"Powder"なら一語でいろいろな意味を持つわけだが、日本語では"Powder"に該当する単語が複数あるなかでの苦肉の策であったのだろう。

「ローマ帽子」も「フランス白粉」も本編には登場しない。このタイトルは、国名が犯行現場(ローマ劇場の客席、フレンチ百貨店)、その後ろに続く普通名詞がキーアイテム(帽子、粉)という構造になっているのである。タイトルもまたヒントになっているのだ。残念ながら、国名シリーズは以降この法則性から外れていく。

だが、この遊び心あるタイトル命名の法則は、京極夏彦の京極堂シリーズが踏襲しているのであった。日本の戦後という舞台設定の故もあってあまり目立たないが、ここ最近の京極堂シリーズ(含む、薔薇十字探偵社シリーズ)の着想は、クイーンっぽくなってきたなぁと思ってもみたり。

発表年の1930年に何があったかというと、第一回FIFA開催とかドイツでナチス党が台頭し始めたとか、そういう時代背景がある。本編とは全く関係が無いが、ハナ肇、谷啓、小林昭二、名古屋章、深作欣二監督、ジョン・フランケンハイマー監督、クリント・イーストウッド、コリン・ウィルソン、エドワード・D・ホック他、各界錚々たる方々が出生した年でもあるのであった。