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実相寺昭雄監督が亡くなった!・゚・(つД`)・゚・。

実相寺昭雄監督まで逝く・゚・(つД`)・゚・。
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訃報:実相寺昭雄さん69歳=映画監督

実相寺昭雄さん 「ウルトラマン」「帝都物語」などで知られる映画監督の実相寺昭雄(じっそうじ・あきお)さんが29日午後11時45分、胃がんのため東京都内の病院で死去した。69歳。葬儀は12月2日午前10時半、文京区湯島4の1の8の麟祥院。自宅は非公表。喪主は妻で女優の原知佐子(はら・ちさこ=本名・実相寺知佐子)さん。

 早稲田大卒業後、1959年、ラジオ東京(現TBS)に入社し、ドラマの演出をへて映画部に転属。「ウルトラマン」「ウルトラセブン」などの演出を手がけ、69年「宵闇せまれば」で映画監督デビュー。TBS退社後、「無常」「あさき夢みし」など、実験的作品を発表した。陰影を強調した奇抜な構図や、エロチシズムを追求した作品で、根強い人気を獲得した。

 88年「帝都物語」、98年「D坂の殺人事件」、05年「姑獲鳥(うぶめ)の夏」などの小説の映画化や、「アリエッタ」「ラ・ヴァルス」などエロチシズムを描いた作品を精力的に監督。夏目漱石の小説が原作のオムニバス映画「ユメ十夜」の一編、自身が演出したテレビ番組を映画化した「シルバー假面(かめん)」を監督し、公開予定だった。

 舞台やオペラの演出、「ウルトラマンのできるまで」などの著作も多数。東京芸術大学名誉教授。

毎日新聞 2006年11月30日 10時14分 (最終更新時間 11月30日 11時53分)
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実相寺昭雄
一昨日深夜より、ファミリー劇場で「シルバー仮面」の再放送が始まっていた。第一話(29日1:00)と第二話(30日1:00)は実相寺監督作品である。リメイク版「シルバー仮面」も実相寺監督で制作され、劇場公開直前の状態であった。まるで、監督が亡くなるプレリュードの様に作品がオンエアされたわけだ。奇しき縁を感じる。

実相寺監督と言えば、第一次怪獣ブームの立役者の一人。文芸からではウルトラシリーズ第一作「ウルトラQ」から参画されており、円谷プロとの所縁は深い。第二次怪獣ブームの時には皮肉なことに、円谷制作「ミラーマン」の裏番組「シルバー仮面」のメガホンをとることになったわけだ。

特異なアングルとカメラワークによる独自の映像世界を確立する一方、やはり今年物故した佐々木守氏などの脚本家にも恵まれ、実相寺監督の作品は特撮ファンのカルト的支持を今日まで得ている。だが、当時(今もか)ゲテもの扱いだった子供向け特撮番組において、素晴らしい作品を作り出したことをもってのみ氏の功績とするのは、ヲタクとしては浅はかに過ぎる。


遍く幼少期にウルトラやシルバー仮面などに触れた人間に、作家性という概念を最初に理解せしめた事がもっとも重要な功績であろう。実相寺監督の作風に衝撃を受けて映像の世界に進んだ方は大勢いるだろう。その作品を持って次世代への模範となりながら、未だ、実相寺監督の作品に双肩しうる作品はついぞお目にかかったことが無い。前人未到の霊山のような監督であった。

曼荼羅
実相寺監督の特異なカメラワークは、目的ではなく手段である。ロケを行えば実景を虚構の風景と化しめ、セットにあっては異様なリアリティを見せる。常に現実と虚構の領域を曖昧にする空間演出の魔人、それが実相寺昭雄という監督であったと思う。

また、サディズムに根ざす濃密なエロティシズムも実相寺監督の作家性の本質である。その嗜好はウルトラマン14話「真珠貝防衛司令」で既にして顕著に現れている。視姦というより視線の強姦とも言うべきクローズアップを持って、女優の貌を陵辱する手法は最近作「鏡地獄」に至るまで一貫している、サディスティックな表現だ。

子供の頃、「真珠貝防衛司令」がどうにも好きになれなかった。それは一重に醜いガマクジラ(コレに関しては、成田亨氏の著作に興味深い記述が残っている。コチラ参照)が嫌だったと思っていたが、長じてLDで観直してみて、ハタと気づいた。勃起も知らなかった俺は、フジ隊員のアップに本能的にセックスの匂いを感じ取り、拒否反応を起こしていたのだ。当然、いい大人になってしまえば、その衝撃的な映像に感動しつつ、前屈みにならざるを得ない。「真珠貝防衛司令」はそういう意味で、実相寺監督が手がけた全ウルトラシリーズ作品のなかでも最高峰の傑作と言えるだろう。


「あさき夢みし」OP
虚構と現実の曖昧さ、SMに加え、光と闇の描き方にも腐心された作風だった。鏡やプリズムをギミックに使う手法もさることながら、照明はバックの火炎のみといった撮り方も行っている。「シルバー仮面」第一話の冒頭や、「あさき夢みし」のイントロがつとに有名だが、役者の表情は愚か、目鼻の区別すら出来ない異様な画面が展開する。「あさき夢みし」なんてジャネット八田のアップでこれをやるんだから、ドSもいいところである。


「屋根裏の散歩者」種村季広調
他、少女人形だとかフランス語の書類(サドやコクトーの原書とか)など、演出に使われるギミックの数々には種村季弘の世界と被るものも多かった。

こうした嗜好性は当然の如く、江戸川乱歩の作品世界との相性は抜群。「屋根裏の散歩者」「D坂の殺人」「鏡地獄」と、乱歩映像の決定版とも言うべき作品群を排出している。とくに「屋根裏の散歩者」の空気密度を感じさせる画面は、リドリー・スコットの作品を凌駕していると断言できる。

あぁぁぁぁぁ、いくらでも語れる。語りつくせない。本当に惜しい方を亡くした。特に来年の正月映画で市川崑監督「犬神家の一族」が公開されるが、市川金田一シリーズに匹敵しうる、実相寺京極堂シリーズが実現できなかったことが返す返すも残念だ。

未練もまた尽きないけれど、謹んで御冥福をお祈りします。

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Dr.Who ドクター・フー 「わかれ道」感想補足

アクセス解析ツールを見てみたら、昨日の23時からの一時間のアクセス数が、先週の3倍に跳ね上がっていた。サーチワードは「ドクター・フー」と「ドクターフー」がほぼ9割を占めている。すごいな。

毎週「ドクター・フー」の放映を見てから、その日のうちに感想をアップしていたからそのせいか?とも思われたものの、サーチエンジンから来ている訪問者が大多数を占める。嬉しいんだかなんだか^-^;。

それはそれとして。昨日は、ストーリーのまとめに時間が掛かったので、もうちょっと解説めいた感想を突っ込んでおこうかと。

ドクターがダーレク増殖の秘密を聞いて打ちのめされた件の補足。ダーレク皇帝によれば、「貧者、犯罪者、難民を細胞レベルまですりつぶして裏ごしして」ダーレクの素体を作成したとなっている。ここのセリフが原文ではどうなっているのか対訳を試みるだけの英語力が無いのであるが、概意としては、生きていても仕様が無いと自ら判断した人々が進んでダーレクとなったと解釈できる。

これは重いよね。無論、現代社会の抱えている問題が20万年先にも持ち越されている風刺である一方、ドラマ的には、ドクターとタイムロードの存在意義を根底から否定する、地球人による未必の裏切り行為なのだから。第3話第10話で描かれた、「種の絶滅」という事態に自らの過去を重ね合わせたドクターの、冷静さを欠いたらしくない振る舞いに思いを馳せると、もう涙が湧いてくる。

翻って、地球人類を道連れにダーレクを「抹殺」しようとしたドクターの態度は、むべなるかなという思わざるを得ない。更に第5話における「オマエノほうガよほど「だーれくてき」ダ」と、「最後のダーレク」に指摘されていたわけで、「こりゃ、ドクターやるか?!」と真剣に思ってしまった。と異様なテンションの上げ方をしたところでローズが登場し、空前絶後のダーティーヒーロー誕生は未然に回避される。再三述べてきたことだが、複雑な階層を構築する構成力と意表をつく演出は、素晴らしいものである。
だからこそ、あかほりさとる的な決着の付け方は、なんとも残念なのであった。

まぁ、日本人にはお腹一杯のパターンではあっても、イギリス人にはそうでないのかもしれない。もっと穿った見方をすれば、製作スタッフが日本のアニメの悪しき影響を受けてしまったとも考えられる。90年代に日本の、主にアニメシーンにおいて猛威を振るった(80年代の少年ジャンプがその礎となっている気もする)広げた大風呂敷を畳まないという手法を、「これ、アリだね。楽じゃん!」とか思われているのだとしたら、それは悲しいことだなぁ。

一つ弁護の手を差し伸べると、地球を救ってダーレクを殲滅しクリストファー・エクルストンにも死んでいただく必然が「大人の事情」としてあったから、ああなったとも考えられる。でもドクターを1シーズン毎に変える意味って余り無いような気がするんだよなぁ。役者サイドから1シーズンぽっきりというオーダーがあったのかもしれないが。

デビッド・テナントの10代目ドクターを観て見ない事には何とも言えないが、普通に二の線で普通のファッションセンスな10代目、面白味に欠けるんだよな、個人的には。クラシックシリーズを知っているから生まれる固定観念なのは百も承知だが、歴代ドクターは、性格造詣はそれぞれの役者の努力の範疇にしても、統一のキャラクタートーンに、突飛なファッションセンスというのがあったのだ。過去のドクターの画像はまぁ各自探してもらうとして、そのトンマナを、クリストファー・エクルストンの9代目はわりと受け継いでいたように思う。みるからにゲイじゃん!あの格好(w。少なくとも、時空ノマドで地球人とは異質の存在であることを、微妙におかしい服装で見せるという演出は上手い手法だと思う。まして21世紀シリーズでは、脚本や演出でクラシックシリーズからの「御存知モノ」のお遊びを入れているのだから、不文律はちゃんと守れと言いたいのであった。

最後に、昔みつけたYouTubeの画像を。昨年のG8はイギリスが議長国であった。議題に上っていたアフリカ問題是正について、アフリカ諸国のG8参加国への対外債務の帳消しを求めるデモの模様を伝えたニュース映像のクリッピングである。

『Dr.Who』の人気悪役ダーレクも多数参加。胸には"Save The human"のバッジをつけ、子供たちとともにキメ台詞"ex-termi-nate"を連呼していた。デモのスローガンも"Exterminate the debt"(さいむヲ「まっさつ」セヨ!)とダレック言葉になっていて、徹底している。

日本のメディアでは絶対に取り上げてもらえないネタであると同時に、日本人の感性では考えられない光景である。かなりイイ話。先の「ダーレクに象徴される地球規模の問題提起」という観点からみると面白さ一塩の動画である。

ニュースの配信元であるITNの親局がBBCである事から、メディア連動のキャンペーンとしてダーレクの登板があったのかもしれない。だが、ファン自作のダーレクの完成度の高さを考えると、純粋に市民運動の産物かもしれず、後者であった場合、さらにイイ話になるのであった。

債務絶滅キャンペーン
ダーレク自作ギルド

Dr.Who ドクター・フー わかれ道

Dr.Who ドクター・フー 第13話 「わかれ道」

ダーレク皇帝との謁見
サテライト5の原子分解装置は、実は転送機だった。死んだと思われたローズは生きていたのだ。だが、転送先の座標はダーレク艦隊の母艦のブリッジ。ダーレクはローズを人質にしてターディスの明け渡しを要求する。だが、ドクターはその取引を撥ね付ける。「ローズ、助けに行くよ」その言葉通りドクターとキャプテン・ジャックはターディスに乗り込みダーレク母艦を目指す。スリジーンのテクノロジー、エネルギーフィールドで武装強化したターディスは、ダーレクの迎撃ミサイルも跳ね返し、母艦のブリッジにワープアウトしローズを奪還する。
ドクターの疑問。タイムウォー時にタイムロードと刺し違えたはずのダーレクがいかにして増殖したのか?その疑問に答えるかのように、ドクター達の前に姿を現すダーレク皇帝。ダーレク皇帝は辛くもタイムウォーを逃げ延びた。そして現存する50万のダーレクは数百年の時をかけて、地球人類を素体にして新たに開発された新種のダーレクだというのだ。皇帝を造物主とあがめ、半人間という表現を「冒涜」と捕らえるダーレクの姿に、ドクターは打ちのめされる。感情を持たなかったダーレクが人間を素体にすることで、人間性を獲得した事をドクターは理解したのだ。。。狂信と盲従という最悪のそれのみを得て、ダーレクはより凶悪になった。

ドクターたちは、サテライト5に逃げ帰り、最後の手段を提案する。サテライト5からデルタウェイブをダーレク艦隊に照射し、ダーレクの脳細胞を焼き尽くすという妙案だ。ダーレク艦隊が地球に到達するまでに残された時間はあと僅か。ドクターは一か八かの賭けに出る。そして、万難を排すためにローズを騙してターディスごと21世紀の地球に送り返した。
BAD WOLF
デルタウェイブを使うことはダーレクも想定している選択肢だ。地球衛星軌道に到達したダーレクは、まずサテライト5を制圧しに乗り込んでくるだろうと読んだドクターとキャプテン・ジャックは、デルタウェイブ発信までの時間稼ぎの為に、サテライト5の残存民間人から義勇軍をつのり防衛ラインを施設する。ダーレク皇帝との謁見を経て、スリジーンのフィールドでサテライト5は外部からの攻撃を無力化しているとダーレクに思い込ませることが出来た事が唯一の救いだった。ダーレクも白兵戦を挑むしかなく、僅かに時間は稼げる。
そして、続々とサテライト5に乗り込んでくるダーレクと地球人の激しい戦闘が繰り広げられる中、ダーレク皇帝はダイレクト通信でドクターの真意をサテライト5の私兵達に暴露する。デルタウェイブの効果は、全ての生命体に影響を及ぼす。そして、デルタウェイブの効果範囲は地球を丸ごと覆ってしまうのだと。ドクターは遍く宇宙の生命の為に、地球人類ごとダーレクを「抹殺」しようとしていたのだ。

一方、自分の時代のロンドンに戻ったローズは、無力感に打ちひしがれていた。だが、ドクターとの思い出を振り返るうちに、ドクターの生き様も思い出す。最後まで自分の信念を貫き通し、絶対の危機に活路を見出してきたドクター。そしてローズは"BAD WOLF"の意味にも気づく。ドクターを助けダーレク「抹殺」に力を貸すため、ローズはターディスの心臓部タイムヴォルテックスを開放しようと試みる。ブロンの人生をリセットさせた奇跡の力を信じて。
ミッキーや母の協力を得て、ローズはタイムヴォルテックスとのコンタクトに成功、再起動したターディスはローズを載せて、200,001世紀のサテライト5を目指す。

扉の向こうに待つのは奇跡か?破滅か?人類の運命はドクターとローズに掛かっている!!!




例によってDVDで先に見て結末は知っていたのだが、それを見るまではてっきり第6話「ダーレク孤独な魂」("DALEK")が伏線になると思っていたよ。あのエピソードのクライマックスでのドクターのセリフ。「ダーレクはローズに汚染された」ってのが、勝利の鍵だ!と睨んでいたのであったが。地球人を素体にしたダーレクは、あの最後のダーレクのようにローズのヒューマニティに汚染され(情報感染だから、艦隊間通信を通じてあっという間に広まるゾ!)、博愛の情動故の後悔と絶望に取り付かれてしまい、50万のダーレク軍団は「うつダしノウ」って次々自爆するという、モンティ・パイソン風味の終わり方を期待していたんだがなぁ(w。てか誰もがそう思うだろうて。細菌戦はギリシャ時代(あるいはそれ以前)からある戦術だもん。

ドクターとローズ
見事に読みは外れた。いやむしろ、ダーレク復活のからくりは、脚本家が視聴者の考察を読んで未然に手を討ったという印象が強い。

だが、ダーレクの真実はかなり際どい風刺。そもイギリスは、カトリックとプロテスタントの血で血を洗う抗争を何百年と続けているわけで、この暗喩は勇気いったなぁと関心。南北問題に代表される格差社会への警告にもなっているあたりも鋭いところだなぁ。あるいはこういう感想を持ってしまう程度に、日本人が特殊にお気楽なのかもしれないが。

クライマックスのレギュラー陣のポジションって、「ドラえもん のび太の宇宙開拓史」を思い出させる。ドラ=ドクター、のび太=キャプテン、静=ローズ、ミッキー=スネ夫、ジャキー=ジャイアン、そして。。。。どこでもドア=ターディスとそれぞれちゃんと呼応しているんだよな(w。

そんなこんなでドラマ的には中々の緊迫感をもって大いに盛り上がるのだが、オチはあかほりさとるかよ!ってわけで、ちょっとテンションが下がってしまう。"BAD WOLF"もなぁ。未来からのメッセージもまたパラドックスでは無いのか?とか。


おまけ画像:これが10代目ドクターだ!


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ドクター・フー バッド・ウルフ

Dr.Who ドクター・フー 第12話「バッド・ウルフ」

目が覚めるとそこは。。。。ドクター、ローズ、キャプテン・ジャックはそれぞれ別のどこかに送り込まれていた。
BAD WOLF

【ローズ】
訳がわからないままクイズショーの出演者として、セットに立たされる。偶然答えられる問題が続きはしゃぐローズ。だが彼女は、誤答率の高い者から順番に原子分解されていく事をまだ知らない。

【キャプテン・ジャック】
キャプテン・ジャックが目覚めると、そこはベッドの上だった。二体のメイド型アンドロイドのファッションチェックを受け全裸に剥かれ、次々と衣装を取り替える様をTV中継されるジャック。文句の多いキャプテン・ジャックのベストコーディネートとしてアンドロイドが最終的に下した結論は、首の挿げ替えだった。

【ドクター】
ワンルームマンションと思しき一室。設置されたモニターで三人の若者の生活がTV中継されているのだ。ドクターが闖入したことで定員オーバーとなったマンションから、一人の女性が立ち退きを命じられ原子分解されてしまう。
これが"BAD WOLF"社が制作/放映するTVショーである事を知ったドクターは、何かの罠を感じ取り脱出を試みる。意図的にカメラを壊し原子分解されかかるが、何故か装置は作動しない。ドクターの読み通りに


見事マンションから抜け出したドクターは口では言えない方法で脱出したキャプテン・ジャックと落ち合い、今いる場所が、200,100世紀のサテライトファイブである事を知る。ジャグラフェスを倒した後、通信手段を失った地球は荒廃、暗黒の百年を経て、地上の地球人をランダムに拾い上げて殺人ゲームを放映する新たなサテライト5の仕組みが出来上がったというのだ。

愕然とするドクター。その歴史の流れも間違っている。時空を超えて周到な罠を仕掛け、人類の歴史に干渉するのは何者なのか?当惑しながらもローズ救助にむかったドクター達だったが、時既に遅し。ドクターたちの目の前でローズも原子分解されてしまう。

漢立ち(w


「プリズナーNo.6」と「キューブ」と「トゥルーマン・ショー」を足して三で割ったみたいな悪夢世界。。。。偶然かとは思うが、アンドロイドに統制管理され、楽しみに人間が殺される未来の地球というアイデアは、ウルトラセブン「第四惑星の悪夢」も髣髴とさせる。

ウルトラセブンついでで言うなら、「地上最大の侵略」も思い出されたなぁ。侵略宇宙人の大攻勢の前に、仲間が拉致されてしまうというシチュエーション。そこに単身救助に向かうヒロイズム。燃えるねぇ。モロボシ・ダンは文字通り死を賭して「アマギ隊員がピンチなんだ!」と言い放つ姿が涙を誘ったわけだが、ドクターは余裕しゃくしゃくで「ローズ、助けに行くよ」ってのが、別な意味でカッコイイ。その前振りとしてのダーレクとの対話

「どくたー、オマエニハぶきモせんりゃくモなイ」
「そうさ、だから怖いんだろう?」

に、ダーレクの持つ決定的な弱点、思考の硬直性アドリブの利かない硬い芸風)をドクターが見抜いている事が表されているのだ。。。。と思う。四十年間"Ext-ermi-nate"と連呼して、ついこの間までは階段も上れなかった、文字通り水平思考の種族がダーレクなのだ。その事実はドクター以上に視聴者の方がよく知っているわけである。御存知ネタを上手い按配に配してきた演出が冴える瞬間であった。。。と思いたい。煮え切らないのは、今回含むクリストファー・エクルストン編ラスト2エピソードはDVDでまだ観ていないから。なんか、ナニをアレするソフトの調子が悪い。


哀れなマリオネット


本シリーズで"BAD WOLF"というキーワードが登場したシーンを全部回想シーンでインサートするのは親切設計の演出である。だが、"BAD WOLF"の真意はまだ解らない。だが、200世紀に渡って地球を支配した黒幕がダーレクだったというのはちょっと無理矢理感が(´∀`*)。サテライト5を統括するコントローラーがマスターという表現を用いていたので、まさか!とは思ったりしたのだがなぁ。ちなみに"Master"とは、クラシックシリーズに登場するドクターのライバルで、悪のタイムロード。

コントローラーが「五歳の時からネットワークに繋がれ」ているという設定はショッキング。生命維持ケーブルと脳に直結するケーブルでマリオネットの様に吊り下げられたまま成人し、視覚はデジタルデータのコードでしか見れないという作られた畸形っぷりが悪趣味のきわみ。こういう設定や描写がサラっと出来てしまうのは、イギリスって凄いなぁ。アメリカでもよく放映できたなぁとも驚いてみたり。

最後に、キャプテン・ジャック。その銃、どこにしまってた!!!「ドーベルマン刑事」か!いやむしろ安永航一郎のマンガだな。腹抱えて笑った。


ちなみに「ドーベルマン刑事」の第一話とはこんなハナシ。主人公の加納刑事が逮捕した凶悪犯が出所後にハイジャック事件を起こし、加納に全裸でやって来いと要求。丸腰丸裸の加納刑事に土下座をさせるという。犯人の要求通りに振舞う加納は肛門に隠した飛び出しナイフを投げつけて、武器を取り上げるのだった。

まぁ、ナイフは百歩譲って隠せるだろうが、銃はなぁ。シーズンのクライマックスでの緩急巧みな演出は評価するが、安永ノリは予想していなかった。

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虎の尾を踏む男たち

虎の尾を踏む男達


制作は第二次大戦末期、公開はその七年後となっている。黒澤作品にしては短い尺だが、GHQの検閲の結果と考えるとむべなるかな。

歌舞伎十八番の一つ「勧進帳」を選んだのは、日本人に人気の物語でかつ、チャンバラが無いからと推察される。主君打ちの件と製作中は敗戦してはいない事を考えると、実に重いメッセージ性も汲み取れる。

だが、それをミュージカル調に仕立てているところが面白い。チャンバラが御禁制の時代で作られた時代劇でどんな娯楽性を持たせるか?というところでミュージカルと合体させた珍作が多数輩出されたが、公開年から見ると本作はその先駆け的なタイミングでに位置するところがポイント。

後の巨匠の、芸術性と映画存在の意義(国威高揚から敗戦の心的ダメージへの癒しというイデオロギーの有り方のシフト)を折衷した作品と読み解く事が出来る。

史実は知らぬが歌舞伎ではいない、シェイクスピア劇の道化役に相当する強力を登場させ、軽演劇の王者エノケンを配したところが、大衆の癒し≒商業性と黒澤監督の目指す芸術性の折衷の象徴と思え、改めて感心した。本来弁慶が退場時に踏む「飛び六方」をエノケンがやっているところも、素直にパロディとして以上に深読みの効く演出である。

映画としての完成度は、正直、中途半端である。だが、邦画史的な意味合いと、「主君打ち」に今日的なテーマ(コーポレイトガバナンスの重要性)が見出せるという事で、観ておいて損は決してしないであろう。

石川賢氏、逝く

石川賢さん、逝く

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訃報:石川賢さん58歳=漫画家 「ゲッターロボ」作画
 石川賢さん58歳(いしかわ・けん<本名・賢一=けんいち>漫画家)15日、急性心不全のため死去。葬儀の日取りと喪主は未定。自宅は非公表。

 69年、漫画家、永井豪さんのアシスタントとなり、翌年「それゆけコンバット」でデビュー。大ヒットした永井さん原作の「ゲッターロボ」シリーズでは、作画を担当した。他の代表作に「虚無戦記」など。

毎日新聞 2006年11月16日 19時50分
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昼過ぎくらいに行き付けの掲示板で「噂」として知った。ソースとして作家の高千穂遥氏のblogが張られていたが、氏の聞き違い勘違いの類であることを切に願っていた。だが、本当だった。

謹んで御冥福をお祈りします。

だが、早すぎる。58歳。。。。。

氏の『ゲッターロボ』は数多ある「ゲッターもの」(氏の『ゲッターロボ號』も含む)の中でも唯一無二の聖典と言える程に完成度は高く、世に及ぼした影響は大きい。一度でも『ゲッターロボ』を読んだ事がある者なら、今の胸中はかの恐竜帝国編クライマックスでの流竜馬の心境と全く一致することであろう。

「うぉぉおおおおおおお、石川賢んんん」

武蔵と違って、肉体的苦痛はすくなかった事だけが、唯一の救いなのかもしれない。でも、手持ちの単行本が全て武蔵の胴に見える。。。。。。

Dr.Who ドクター・フー 悲しきスリジーン

Dr.Who ドクター・フー 第11話「悲しきスリジーン」
スリジーン再び

ドクター一行は、再び21世紀のイギリスに戻ってきた。サウスウェールズの都市カーディフにある時空の裂け目の座標にターディスをセットし、エネルギー補給を行うのだ。
ミッキーもローズに呼び出され四人で食事に出かけたところで、ドクターはとんでもない新聞記事を発見する。首相代行のマーガレット上院議員がカーディフ市長に就任し、市のド真ん中に原子力発電所を建造する議案を通過させたというのだ。マーガレット市長それは、ラキシコリコファラパトリアス星人の宇宙マフィア、スリジーンファミリーの一人が地球人に化けている姿なのだ。半年前に殲滅したはずのスリジーンの生き残りを捕獲すべく、四人は市庁舎に向かう。
一方マーガレットに化けたスリジーンは、原子炉の設計が暴走確実な事を嗅ぎ付けた地方新聞記者キャシーを殺そうと企むが、彼女が妊娠していることを知って、凶刃を収めてしまう。

今回のエピソード、テーマは明快だが重い。死刑制度だ。環境が犯罪者を作る。なれば、犯罪者といえ、その罪を命を持って購う必要はあるのか?後悔と改心は、罪を相殺しうるのか?という問いかけを、スリジーンの生き残りブロンとドクターのダイアローグを通じて見るものに投げかける。イギリスでは、死刑は全面的に廃止されている。が、あえてこういうテーマを選んだ意味は、いろいろと考えさせられる。内外からのテロに晒されている国家においてのこの問いかけは、日本のように死刑制度が存置している国で発せられるよりも、重いものを感じさせる。
つまり、すでに定められた法制度に対し、見直す機会を一般市民レベルにおいて与えられるということ。それでどうなるかは解らないが、人権に関わる重要な問題について常に意識することを心がける事こそが重要なのだ。
今回のエピソードが持つメッセージは、我々日本人には決定的に欠けている視点である。SFドラマという虚構のフィルターを通してこそ明確になる問題提起は確実に有り、本作はその好例と言えるだろう。衛星放送という限定したメディアでの放映は、残念な事に思える。


ドクターとブロン

ドラマ的には、第3話とリンクしていたり、"Bad Wolf"のキーワードがこれまた第3話以来始めて明示されたり、ローズとミッキーはいよいよ破局を迎えたりと、クリストファー・エクルストン編最終回前のラストスパートに入っている。
その事は、今回の名場面であるスリジーンのブロンとドクターの対話シーンにおいて、タイムロードの本質についてブロンが鋭く抉っているセリフからも伺える。「ドクターの行く先には常に破壊が付きまとう。あなたが前向きなのは、後ろを振り返りたくないからよ」は、クラシック・シリーズも含めて"Dr.Who"に対する痛烈なアンチテーゼである。日本の特撮番組が久しく忘れていた、強烈なアンチテーゼを打ち出すことでヒーローを多面的に捕らえさせ、番組のテーマをより明確にするというテクニックを、スマートかつスリリングに行使しているのだ。
一方、ブロンの嘆願を撥ね付けるドクターの舌鋒も鋭い。ドクターの読みは間違っておらず、結局、悪はどこまで行っても悪という結論で迎えるクライマックスは、先述のテーマ性を考えると、ある種ホっとするものがあった。
そこで、ドクターもブロンも全く予想しない形で八方丸く収まるどんでん返しは、脚本の手並みが鮮やかであった。さらに「うらやましいな」というローズのセリフは、父との悲しい別れとミッキーとの決別というやり直し不能の喪失感のダブルミーニングなのである。非常な現実を象徴するこのセリフは、今回のテーマを真剣に考えて欲しいという作り手の願いが込められた、現実を直視せよというアテンションなのだ。

最後に、ゲスト声優。マーガレット市長=スリジーンのブロンは講談師の一流斎貞友さん。「ちびまるこちゃん」のお母さんとか「忍たま乱太郎」の新兵衛の方。すごいフケ声出せるんだなぁ。あと、個人的に凄く嬉しかったキャスティングは、ブロン=マーガレットを改悛せしめた地方紙記者のキャシーに、岡本茉莉さんが!旅芝居の一座にいるということで、もうTVであの声を聞くことは無いんだろうなぁと思っていたからこれは驚いた。耳に心地よい、柔らかな高音は健在であったよ。アタリ役は「サスペリア」のジェシカ・ハーパーの吹き替えだったが、今のジェシカ・ハーパーがそもそも相当な老け込み方をしており、それを考えると、本気で感動してしまった。


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Dr.Who in Japan

目下、NHK衛星第二で放映中「ドクター・フー」。海外では知名度の高い人気番組なわけで、特に2006年シーズンの10代目ドクターデビッド・テナントは二の線(沖雅也にソックリ!)ということもあって、女性のハートをガッチリつかんでファン層を広げている模様。日本は1年遅れの放映となっている"Dr.Who"だが、05年シリーズ9代目ドクターのクリストファー・エクルストン編も11月中に最終回を向かえ、件の10代目デビッド・テナント編もNHK-BS2で放映は決定されている。

さて、ファンが増えればファンビデオも増えるのが世の常なわけで某動画サイトには、2006年シリーズの最終回を編集したミュージッククリップが溢れかえっている。

そんな中で、坂本九の「上を向いて歩こう」の海外バージョン"SUKIYAKI"を宇多○ヒ○ルがカバーした楽曲(ややこしいな)をインサートしたものを発見。PVとしては、良く出来ている方だと思う。

繰り返すが、最終回のラストシーンを中心に編集されているので、気にするヒトは見ないほうがいい。まぁ、ストーリー的なネタバレは無いと思うがいてはいけないヒトがいたりするカットがある程度だ(´ω`*)

10代目ドクター・フーに宇○田を被せてみたPV

エコール

「エコール」 監督/脚本:ルシール・アザリロヴィック

美しい良い映画だが、なんともコメントに窮する、不思議な映画。

何処とも知らぬ森の中に、外界から隔離された学園(エコール)がある。そこには、六歳の少女が全裸で棺に納められてどこからか送り込まれてくる。そうして少女は12歳になるまでを学園で過ごすことになる。少女たちは年齢別に色の異なる(昇順に赤黄緑青紫と光のスペクトルに準じている)リボンをつけ、年長の少女が年下のものの面倒を見る。

学園内には、バレエ教師エヴァ(マリオン・コティヤール)と脚の悪い生物学教師エディス(エレーヌ・ドゥ・フジュロール)の二人にメイドの老婆と、女性しかいない。そして、年に一回、校長が訪れる。青いリボンの中から最も美しく、バレエに長けた少女を選別するためだ。選ばれた少女がどこに連れて行かれるかは一切謎。また、紫のリボンをつけた最年長の少女たちは、定期的に地下道を通って、観客の一切見えない不可思議な劇場でバレエの公演を行う。紫リボンの少女たちも12歳になったとき、学園を卒業し去っていくのだ。

この不思議な空間に、六歳の少女イリス(ゾエ・オークレール)が送り込まれるところから物語りは始まる。戸惑いながらも学園の生活に馴染んでいくイリスの姿を中心に、八人の少女の姿を、リボンの色≒年齢相応の悩みや不安、心の機微を柔らかく捕らえ、万華鏡を覗くような群像ドラマとして描いている。

まぁ、とにかく見てくれと。万華鏡という例えは我ながらナイスかも。というのも、同じ映画であっても観客個々の心象は一つとして同じものは無いように思われるからだ。

俺は終始、ロワッシーの幼年舎という印象が拭い去れなかった。ロワッシーとは、ポーリーヌ・レアージュ(ドミニク・オリー)の恋愛官能小説の大傑作「O嬢の物語」に登場する性奴養成所である。このエコールで少女達が学ぶことは、自身の肉体のエレガントな見せ方とセックスの本質に尽きる。後者の意味では、「O嬢の物語」というより「後宮小説」(作:酒見賢一 第一回日本ファンタジーノベル大賞受賞作)といった趣きもあるが、女教師エヴァの「服従こそ幸せ」というセリフがあまりに重い一方、ラストシーンで紫リボンの少女ビアンカ(ベランジェール・オーブルージュ)の見せる正に無垢故の妖艶さと、新たに送りこまれた赤リボンの少女の天性の媚態の対比構造など考えると、どーも男性原理のファンタジーというパラダイムから抜けられないのだ。少女たちのバレエレッスンが素足で行われるというのも、なんとも嗜虐的だ。

この映画は、登場人物にも男性をほぼ廃した、女性による女性の為の女性原理の物語である。。。。はずだ。無垢である事が確実に失われる事は女性にしか理解できまい。それ故に、かくも柔らかに、かつ、男の理解を寄せ付けない(というか無視したきらいの)演出が映えるのであろう。「芋虫から蝶へ」という紋切り型のメタファに、怜悧な残酷さを都度都度挿入する手際(黙々と蝶の標本を作るエディスの怖さや、二人の女教師が大人だけの時に垣間見せる自嘲的な表情など)の良さは女性監督ならではと思う。

そういうところが、座りが悪い。

先述の「O嬢の物語」は、巻頭言を寄せている文芸評論家ジャン・ポーランへ宛てた長い長いラブ・レターというのがその実態である。つまりは、男性原理に全面的に屈服する事で輝く女性の気高さという逆説の女性賛歌であるわけだ。これは、明示的な男性存在があるから成し得る。おなじ理屈が、この映画でも成り立ってしまう。秘密の劇場や、ラストで明かされる外界には、少女たち以外の女性はいないからだ。隠し味どころかアクセントと呼ぶにも露骨な、セックスの対象としての男性が明示されてしまうところが、なんとも座りが悪い。見透かされている感じとも、ちょっと違う。女性の中にぽつねんと置かれる居心地の悪さとも、また異なる。なんとも言いようの無い不思議な感覚を覚えるのだ。

ちなみにプログラムが良く出来ている。デジタルプリンター出力を手製本した古の同人誌のノリで、通し番号が表紙に振られていたりする。

このプログラムに掲載されているアザリロヴィック監督のインタビューが興味深いが、どうも制作意図と成果物のあいだに乖離があるような気がしてならない。「サスペリア」との相似性は監督本人も認めているが、「ミツバチのささやき」へのオマージュというのはどうか?むしろ、滝本誠氏が解説で指摘している、ポール・デルヴォーのイメージというのが、しっくりとくるのであった。

監督のルシール・アザリロヴィックは、ギャスパー・ノエ監督の妻。撮影のブノア・デビエは「アレックス」でギャスパー・ノエと組んでいる。「デス・サイト」(日本未公開)でダリ・アルジェントとも組んでいる。最近作では、あの「変態村」の撮影にも当たっているとか。「変態村」観たくなってきたぞ。


ジャック・パランス氏逝く

「シェーン」の悪役、J・パランス氏死去
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死去した米俳優ジャック・パランス氏(AP=共同)  AP通信によると、ジャック・パランス氏(米俳優)10日、米カリフォルニア州南部モンテシトの自宅で死去した。87歳。広報担当者によれば「自然死」で、詳しい死因は明らかでない。

 米ペンシルベニア州生まれ。大学を中退し賞金稼ぎのボクサーなどを経て第2次世界大戦中、陸軍に入隊。スタンフォード大でジャーナリズムを学んだ後、映画界入り。

 冷血な悪役のガンマンを演じた「シェーン」(1953年)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされるなどアクション、西部劇分野で活躍した。「シティ・スリッカーズ」(91年)で同助演男優賞を受賞した。[2006年11月11日11時41分]
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謹んで御冥福をお祈りします。

「人造人間キカイダー」(実写ドラマの方)のハカイダーのキャラクター造詣は、かの黒いガンマンからイメージを膨らませたと、脚本家の長坂秀佳氏も語っていた。逢坂剛氏の直木賞受賞作「カディスの赤い星」に登場する敵役も、作者自身なんかの対談で「ジャック・パランスが演じたらというイメージで」と言われていた。他私見では、手塚御大の「W3」や「キャプテン・ケン」でのアセチレン・ランプの描き方に、影響が見受けられる。

面構えと挙動だけで多大なインパクトを数多作品に与えた名優だったが、出演作は意外に目にしていない。「シティ・スリッカーズ」の老カウボーイが印象的で好きだった。「シェーン」の悪ガンマンと全く同じ出で立ちで善玉という洒落の効いた演出。バブル期、浮かれたヤッピーたちの「カウボーイ体験ツアー」を引率する最後のカウボーイという役どころ。近づきがたい雰囲気を醸し出しつつも、気まぐれに主人公との対話シーンがかっちょよいのだ。
「アンタのカミさんの髪の色は?」
「ぶ。。。ブロンドです。。。。」
「(ニィと笑って)赤毛女は最高だぜ」
という遣り取りを経て、見かけによらない好人物を印象づけて、直後に心筋梗塞で死ぬ。一人燃え尽きた焚き火の側に腰掛けたまま、眠るように静かに。パランスの友人の牧童が「ベーコンばっかり食ってやがったからなぁ」と事も無げに言うところが、これまたカッチョヨイのだ。平和な時の男の死に様のある種の理想系であった。

これだけ印象深い名優だったが、意外に出演作を目にしていない。調べてみたら盟友zerujiさんオススメ映画「ナイトウォッチ」に出演してるじゃないか!今度見てみよう。





Dr.Who ドクター・フー 「ドクターは踊る」

ドクター・フー 第10話 「ドクターは踊る」
ジェイミーとガスマスクゾンビ軍団
ガスマスクゾンビに取り囲まれ絶体絶命のドクター一行だったが、ドクターのとっさの機転でガスマスクゾンビを退ける事に成功する。コンスタンティン医師の助言に従い、最初の患者の病室へたどり着いたドクター達は、母を求める迷子の少年がそうであったことを知る。だがそこへ少年が現れ、再びゾンビに病室の一室に追い詰められる。膠着状態の中、キャプテン・ジャックは忽然と姿を消してしまう。
一方ナンシーは子供たちに別れを告げ、軍に封鎖されている落下現場に向かった。事件の発端になった場所で少年の謎を究明しようとするが、兵士に捕らえられてしまう。拘束されたナンシーを監視するのは、ガスマスクゾンビ化の兆候がある兵士だった。

「部屋にもどりなさい!怒りますよ!!」というドクターのセリフは爆笑。状況突破の方法としては、理に適っているから大笑い。DVDだと英語なので人称の性差までは解らなかったが、日本語吹き替えではおかあさん言葉でやってくれたので可笑しさも一塩。更に、「部屋に戻りなさい」というママのお小言通りにガスマスク少年ジェイミーが病室に戻ってきてしまうという新たな危機的状況の発生がまた、理に適っていて可笑しい一方、こちらではお笑い要素は一切廃した怖い演出が冴える。


キャプテン・ジャック見参
今回のエピソードは、クリストファー・エクルストンの9th Dr.Whoシリーズの中でも屈指の出来栄えの傑作編。都市伝説的幽霊譚とゾンビ物の新機軸の融合という着想も素晴らしいが、キレイにSFで落とす構成が素晴らしい。戦時下の10代シングルマザーの苦悩や医療廃棄物によるバイオハザードと、今日的テーマを二つも盛り込んでなお、無理なくSFの範疇でまとまっているところが素晴らしいのだ。今の日本のTVドラマのレベルでは到底望めない文芸サーカスを堪能させてもらった。

クライマックスでは、ナンシーはジェイミーに親子の名乗りを上げて大団円となる。エイリアン向け医療ナノマシンが母親であるナンシーのDNAデータを取り込んで、ジェイミーをあるべき姿に戻す。親子物に堕すと見せかけて、きっちりとSF的に処理しているところが泣かせる。思弁をキッチリ完結させているのだな。


ナノマシンアップデート完了
そしてドクターはナノマシンのソフトをアップデートして、他のガスマスクゾンビも救う。絵面的にはファンタジックであるシーンだが、「究極に進化した科学は魔法と区別が付かない」というアシモフの言を思い出させ、最後までガチンコにSFなのであった。

邦訳されたサブタイトルはセンス皆無で絶対に問題があると思う。だが、ラストでグレン・ミラーをBGMに踊りだすドクターの姿は、思わず目頭が熱くなる名場面である。第三話でも描かれたが、タイム・ウォーで同族を全て失ってしまったドクターは、種の壊滅という事態に極めてナーバスなのだ。地球人が全てガスマスクゾンビになりかける危機一髪の状況を奇跡的に回避できたドクターの喜びは如何程のものであったろうか?ローズと二人っきり病室に閉じ込められた状況では、踊れなかったドクター(無傷のローズ/ナノマシン/ガスマスクゾンビと落下物の因果がパズルのピイースとして嵌らないもどかしさ故)の姿もまた、見事な心理描写の演出であり、ラストシーンへの溜めになっているのであった。


あぁ、ホントに良く練りこんでいるわ。

Doctor Who
Complete First Series
(US版 英語字幕有り)
BOX1~13話+特典
Doctor Who
Complete First Season V.3
(US版 英語字幕有り)
7~10話収録


ドクター・フー
オフィシャルガイド
モンスター




サンキュー・スモーキング

「サンキュー・スモーキング」

@日比谷シャンテ・シネ

いやぁ、愉快痛快。趣味の良い、でもシャープな、ヒューマンコメディに逃げないユーモア溢れる映画というのはすごい久し振り。。。というか、この種粋な映画がハリウッドで作られるとはねぇ。嬉しい不意打ちだった。

オープニングのタイトルロールは、煙草のパッケージに描かれたロゴマークのアップが次々映し出される。そのロゴの部分をキャスティングに書き換えてあるのだ。一目瞭然なアメリカ産煙草パッケージのパロディ博覧会の趣きで、スマートな演出だ。そしてBGMには喫煙者を揶揄するカントリーソングが被せられる。もうこれでつかみはOKだ。

主人公ニック・ネイラー(アーロン・エッカート)はタバコ研究アカデミーと称するアメリカ煙草産業振興を目的とする団体の広報部長で、ニコチンのカーネル・サンダースの異名を持つロビイストだ。広報担当者として極めて優秀な彼は、卓抜したディベート術を駆使し、日夜メディアを通じて、タバコ廃絶を訴える市民や議会をケムに巻いて高級を稼いでいる。一人息子への二次喫煙の害を案じた妻とは離婚。養育権も妻に握られているものの、明晰な頭脳と能弁を以って、息子からの尊敬をも勝ち取っている。
パブリックエネミーと化したニックは、急進的なタバコ廃絶運動家に拉致され全身にニコチンパッチを張られて暗殺されかかるが、日々の喫煙でニコチン耐性が出来ていたために九死に一生を得る。だが、二度と喫煙できない身体になってしまう。更に、手玉にとったつもりの美人記者とヤっちゃったのが大間違い。公私共に極秘の裏事情をすっぱ抜かれ、勤め先から切り捨てられる。
職も収入も喫煙の自由も奪われたどん底のニックだったが、息子の励ましを受けて起死回生の作戦に乗り出す。すべての煙草パッケージにドクロマーク表示を義務付ける法案を画策するフィニスター上院議員の聴聞会に単身乗り込んだニックの八百代言は。。。。

というストーリーに、様々なブラックユーモアが散りばめられる。単なる異業種交流会であっても、パブリックエネミー縛りでアルコールと銃器振興を目的とするロビイストとの交流だから笑える。"Marchant Of Death"の頭文字をとって"MOD's"ってネーミングはイカシ過ぎ。

ニックの上司はBRというあだ名で呼ばれているが、その由来は、ベトナム戦争に従軍中、所属していた小隊でただ一人の生き残りだった事による。。。つまり"Battle Royal"ということだ。

んで、ニックがBRに進言するタバコ消費巻き返しキャンペーンが秀逸。ハリウッド映画で、セレブのカッコ良い喫煙シーンを挿入させるインプレッション広告を打とうというものだ。これは笑った。現実のハリウッドではその全く逆で、喫煙シーン狩りが行われているからだ。

主人公がロビイストと言うこともあり、セリフは非常に明瞭で解り易い。そして、スラングの類も少ない。俺程度でも相当ヒアリングできる(ボキャブラリが貧困なので、理解までは出来ないが)できる。反タバコ勢力とのバトルはメディアを介して行われるため、市民のヤジなどもほぼ無い。非常に上品なセリフ運びで物語が進むので、ブラックユーモアでありながらもソフトな雰囲気が醸し出される。この辺が「粋」の源泉であるように思う。

そして見る人間の立場によって、面白さのレイヤーが別れる多層構造になっているところも評価したい。市民運動で槍玉に挙げられる産業の勝利という浅いところから、オーソドックスな父子の交流にオチてしまう皮肉。これらがヒステリックな嫌煙運動。。。は最早通り越して喫煙排斥になっているな。。。を中心にして逆説的な笑いを描いているが、一番深いところでのメッセージは、多様性の排斥の危険性と、近代社会では必要悪とも言える情報操作に対して、個々人は自らの責任において、思考し選択しなくてはいけないということであろう。

主人公ニックのラストのセリフ「マイケル・ジョーダンはバスケをやり、チャールズ・マンソンは殺す。そして僕は喋る。人にはそれぞれ才能があるのだ」というセリフが秀逸。これをちょっと書き換えてみよう。「アルフレット・シュワルツマンは体操。ペーター・キュルテンは殺人。そして僕は喋る。人にはそれぞれ才能があるのだ」としたら、なんだかヨーゼフ・ゲッベルスのセリフの様ではないか!子供から敬愛される父にして卓越した広報マンである二人の姿は用意に重ね合わせることが出来る。先述のテーマ性においても「ヒトラー~最期の12日間~」と密接に通じていると思う。
何より、ニックに浴びせられるあらゆる悪罵の中に、ナチスの宣伝相の名が無い事の不自然さが、その事を能弁に語っているように思えるのだ。。。。。だとしたら「沈黙は金、能弁は銀」という一捻りした教訓も読み取れるわけだな(w。

クリムト

「クリムト」 監督・脚本:ラウル・ルイス

@文化村ル・シネマ。

クリムトの絵は知っているが、クリムト本人についてはほぼ知らない。ので、ジョン・マルコビッチがクリムトを演じるというのに「?」という気もしたのだが、現存するクリムトの写真とか、本作を通じて窺い知る事になった人柄や人生からすると、これはアリだなぁと。要は精力絶倫系ハゲちゅうことで。もっと腺病質な人なんだと思ってた。

生でクリムトの作品を見る機会が少なかったのだが、絢爛豪華な金箔の使い方と溢れ出さんばかりのエロティシズムが特徴の作風を、映画の全体のトーンに良く活かされていたと思う。実に美しい映画であった。

映画序盤のアトリエでの制作風景など、(おそらく意図的に)活人画の赴きを漂わせ、なんとも言えないエロさがある一方、実に練り上げられたライティングがねぇ。蜂蜜のような柔らかな黄金色のライトがもう、溜息が出てしまう。

そうしたメロウな絵作りの中で、虚実交錯する物語が織り成されるわけだが、この「現実の境界線」がまた上手い具合に、もどかしいまでに曖昧。この演出で大きく一役買っているのは、衣装美術の緻密さであろう。上手い言葉が見つからないが、キッチリ作りこまれた衣装があの時代のデカダンスを、見えざるフェロモンのように画面を包み込んでいるようである。

メリエスやエゴン・シーレ、名前だけではヴィトゲンシュタインなどなど実在の人物の実に微妙な絡み方もまた、大戦の間の白昼夢的美の迷宮を幻夢的に構成している。特にエゴン・シーレがインパクト大。演じるニコライ・キンスキーはあのクラキンの息子。父親似の怪異な容貌でもってドイツ表現主義みたいな演技で臨む。。。クラウス・ノミがシザー・ハンズになったみたい。。。のだから、劇中の明確な現実をも否定してしまうのであった。

死の床にあるクリムトが見た走馬灯なのか回想なのか判然としない物語は乱歩的な香りも濃厚。「ぺてん師と空気男」のようなプラクティカルジョークと「屋根裏の散歩者」のような覗視趣味が感じられた。

プラットホームに吠える

プラットホームに吠える 霞流一 光文社(カッパノベルス)

プラットホームに吠える

動物をテーマにした「見立て殺人」をこよなく愛する作者のバカミス最新作。親子三代警視庁勤めの寿宮一家が遭遇した女性脚本家殺害事件は、狛犬をキーワードに混迷を深めていく。そして、第二の殺人事件が発生。今度はあろうことか不可能犯罪だった。寿宮家掛かり付けの美人鍼灸医、蜂草輝良里が再び探偵役を買って出る。

歴史に"if"は無い。だが。。。もしもディクスン・カーと横溝正史の間に子供ができていたら。。。歴史の"if"以前の問題であるが。。。それはきっと霞流一のような作家になっていたであろう。横溝的怨念世界を背景にカーの奇想をゴア趣味な猟奇死体で彩り、不謹慎なギャグで味付けをした霞流一の作風は、本作でも健在。同作者には「デッド・ロブスター」という前例もあるが、本作は空飛ぶギロチン殺人事件なんだよ!

もう笑っちゃうくらい執拗な見立てのロジックも健在である。流石にちょっとマンネリ感も否めないが、事件の構成の着想は結構新鮮だった。

もうね、徹底的にコッチ側な霞流一の大ファンなんだよ、俺は。毎回登城する酒と食い物へのこだわりや、三分間クッキングレシピも、相変わらずで楽しいし。

そう、このヒトの書くミステリは「楽しんで書いている」感が魅力なんだよね。で、その楽しさというのは、ミステリ好きの酒の席の楽しさなんだな。読んでいる間はずっと、美味い酒と肴を前に嬉々として殺人を語る至福の時間の疑似体験を味わえるトコロが、霞作品の本質なのだ。

霞流一 探偵小説事務所

スネーク・フライト

「スネーク・フライト」

「神様、プレステ様」ってさ。もっともっと面白くしようがあったろうに。煮え切らない想いが浮かぶ程度には楽しめる、底抜けバカ映画。

MOVIXさいたま。

アレだな、サミュエルはハワイロケに行きたいだけで出演承諾したな、この映画。

検事殺害の現場を見られたマフィアのドンが、証人を殺すために飛行機の中に一万匹のヘビを放つという、道理を押し殺す無理が、ある意味男気溢れる企画である。だが、実際画面にしてみると、結構地味なんだよね、ヘビの大群。そもそも地面を這いずる生き物だから、最初に落ちてくる瞬間以外は徹底的に地味な絵面になるのだよ。この辺は考えオチだったかなぁ。バカップル女の乳首とオヤジのちんちんに噛み付くのは笑ったけど、これは期待通りの展開なのでなぁ。

んで、この無理な襲撃計画にリアリティを持たせるために、蛇の攻撃性を増すフェロモンをレイに仕込むなど(ホノルル発でもレイくれるのか?ハワイ行ったことが無いので知らないが)小技は利かせていて、投げっぱなしのバカ映画にしたいわけでもなさそうなのだな。搭乗する乗客も、キーパーソンに成りそうなヒトは比較的丁寧に描写したりもして。

でもその割りにただ噛み殺されるだけってな中途半端さが。例えば、わざわざムエタイの選手とか乗せてるんなら、ムチの様に鋭いケリで、ヘビの十匹は屠った上で噛まれてくれると盛り上がったろうに。なにもしないで無傷で生還はないだろう、格闘者の扱いとして。

潔癖症の黒人ラッパーなんかキャラ立ちまくりだったのに、扱いがぞんざい過ぎる。ラストで一気に「エアポ-ト」シリーズのフォーマットに持っていくなら、あのラッパーに操縦させなきゃダメだろう。PS2の「チャック・イエーガーズ・エア・コンバット」しかやったこと無いってオチもさ、ボディーガードのデブ兄弟(と観客)だけが知っている事実として展開すれば、サミュエルの「神様、プレステ様」というセリフも生きただろう。

この辺りの脚本をもう少し練れば、某巨大掲示板でも話題になっているよう、ありとあらゆる「乗り物パニック」に+ヘビって方向性でシリーズ化も夢では無かろうて。

今度は豪華客船に100万匹のヘビ撒いてさ、最後にサミュエルが船を転覆させる映画を作ってくだせぃ。