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Dr.Who ドクター・フー 同窓会

Dr.Who ドクター・フー 17話「同窓会」

ロンドンのとある中学校では、生徒の学力が異常なまでに上昇していた。三ヶ月前に赴任してきたフィンチ校長の指導の賜物と言われていた。だがフィンチ校長は、着任早々に古参の教師を半数以上入れ替え、さらには給食を作るスタッフをも人員の刷新を行っていた。三ヶ月前、それは、イギリスにUFOが飛来したタイミングと一致する。

この事に不信感を抱いたミッキーは、ドクターとローズをロンドンに呼び戻す。そして、ドクターは新任の物理教師、ローズは給食のおばさんに化けて潜入捜査を開始する。

校長室から響く唸り声と羽ばたきの音。地球の文字ではないフォントを映し出すコンピュータディスプレイに一心不乱に向かう生徒たち。そして、給食室では、タンクの搬送中に中身の液体を浴びたスタッフが、重傷を負う事件が発生するも、隠蔽されてしまう。

何かの陰謀が中学校で展開されている。核心を得たドクターたちは、深夜、中学校に忍び込んで本格的な探索を開始した。だが、深夜の校舎を徘徊するもう一人の人影があった。それは、かつてドクターのアシスタントとして行動を共にした女性、サラ・ジェーン・スミスだった。

再会を喜ぶサラとドクター。ドクターはサラが保管していたドクター謹製のイヌ型ロボットK9を修理しながら、積もる話に花を咲かせる。横目で見ながら心中穏やかでないローズと、その様子を喜ぶミッキー

だが、そんな彼らをビルの屋上から見下ろす影には、彼らは気が付いていなかった。醜怪な有翼の怪物と共に、タイムロードの生き残りがいる事をしった、フィンチ校長は不適な笑みを浮かべる。


「同窓会」とは上手いサブタイトルをつけたものであるが、新シリーズから見始めた大多数の日本の視聴者には、今ひとつよく解らないだろうなぁ。

今回のキー・パーソンであるサラ・ジェーンは、ジョン・パートウィー演じる三代目ドクターからトム・ベイカーの四代目ドクターの初盤までのアシスタントとして活躍したキャラクター。クラシックシリーズの歴代アシスタントの中でも人気の高い女性であるらしい。演じるのは、エリザベス・スレイドン。1973~1976年にかけてレギュラーだった。

サラ・ジェーンは、三代目ドクターの登場編でもある"Spearhead From Space"から登板。このエピソードのノベライズは『オートン軍団の襲来』として早川文庫で翻訳もされている。ちなみにストーリーは、2005年から始まったクリストファー・エクルストン演じる九代目ドクターの登場編「マネキン・ウォーズ」(原題:"ROSE")と同じく、ネスティーンの侵略に立ち向かうという内容。ネスティーン+ドクターがエイリアンとの1stコンタクトであったという点で、サラとローズは同じ道を歩んでいるのである。

サラ・ジェーンとドクターが邂逅するシーン、ドクターはジョン・スミスという偽名を使うが、これは、先述の"Spearhead From Space"および「オートン軍団の襲来」のラストでドクターが名乗る地球人名なのであった。

学校内のコンピュータルームを調査するサラとローズが、どっちが「ファンタスティック」な経験をしたか言い争う子供の喧嘩シーンでサラが上げている例は、概ね、四代目トム・ベイカーのエピソードである。(ロボットもダーレクも、シリーズ全体を通じて飽きるほど出てるわけだが(w)これは、トム・ベイカーのドクターがクラシックシリーズではカリスマ的に人気があった事に起因する。。。。恐らく、現在放映中の2005,2006シリーズの製作スタッフは、このトム・ベイカーシリーズで育った世代に当たる事も関係あるかもしれない。

そして、サラ・ジェーンのCVは平野文だっちゃ!という事で、日本の視聴者。。。某コミュでは親子で楽しんでいる方も多いようだが。。。へ向けた、憧れのお姉さまへの郷愁というサービスで韻を踏んでいるのであった。

K-9に関しては、動いているところを観た事が無かったのでなんともコメントの仕様が無いが、トム・ベイカーの四代目ドクターがサラ・ジェーンの為に作ったロボットであることは確か。恐らく、「勿論ですとも!」というのが、クラシックシリーズでのK-9の持ちセリフだったと推測される。

今回のエピソード、ハッキリ言って凡作。ローズが自分の未来をサラに観るという悟りを経て、先輩からの激励を受けるという構図の妙しか評価すべき点が無いのだが、大多数の日本人をおいてきぼりにした構成であることは否めない。

また、ドクターとアシスタントの恋愛路線と言うのもなぁ。かつてイギリスで製作されたTVシリーズのスパイアクションで、最高にクールでカッコよかった"The Avengers"(邦題:「おしゃれマル秘探偵」)という人気ドラマがあった。これが劇場版でリメイクされたのが"The Avengers"(邦題:「アベンジャーズ」)。ヴォルデモート卿レイフ・ファインズ&ザ・ブライドユマ・サーマンのコンビが主演したリメイク版の映画が、1998年度のラジー賞で、"Godzilla"、"Psyco"と並んで最低リメイク賞を獲得した大きな原因の一つに、主人公男女の恋愛路線を導入してしまった事がある。行動を共にする男女がとにかくくっつくというのはハリウッド映画の悪しき慣習であり、イギリス製で人気を博した作品のリメイクにこの要素を入れるとコケるという轍を、意図的に踏もうとしている節が濃厚で気に入らない。

少なくとも俺は、デイビッド・テナントのドクターは面白みに欠けると思っているのだが、さらにもうお腹一杯なアメ公的ファストフード的安易さを導入されるとねぇ。激しく興を削がれるのであった。

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リンク付きホラー映画名場面Best100選

YouTubeリンク付きホラー映画名場面100選

朝目新聞さんで見つけた記事より。

リンク親元は海外のサイトで、レトロムービーについてのファンサイトの模様。どうりで趣味が上品なわけだ(w。

個人的には、「エクソシスト3」のギロチン鋏のシーンがBest10入りしていることが大変嬉しいのだが、動画は残念ながらリンク切れ(´・ω・`)

シルバー假面

『シルバー假面』

実相寺監督の遺作。最後の最後に好き勝手やれたようで、心残りは無かったであろう。月に向かって合掌。

レイトショー初日@ユーロスペース。

オリジナルビデオ作品としてDVDリリースされる作品を先行して小屋でかけるという、『玩具修理者』とか『盲獣VS一寸法師』みたいな方式。。。。。あ、『ミラーマン REFLEX』もそうだ(w。

三部作の総監督&第一話の監督を実相寺監督が勤める。続く二話目に北浦嗣己監督、三話目に服部光則監督という構成。後者二人は、『ウルトラQ dark fantasy』で猛威を振るわれたトラウマがあるのでアレだったのだが、嘘の要に上手くなってましたね、演出。少なくとも北浦さんは。

三部のバランスとしては、実相寺監督のパートが飛ばし過ぎな感濃厚なのだが、やりたい事を全部突っ込んだ事は容易に理解でき、清清しい感じを覚える。「人間とは見たいモノだけ見え聞きたいものだけが聞こえる」と嘯くカリガリ博士は、まさに「見たいものを見せてやる」能力に長けている怪人。まぁオリジナルからして催眠療法を用いる精神科医であるわけで、見ている我々にも耳の痛い讒言ともなっている。だがこのカリガリ博士の力を考えると、シルバー假面=ザビーネ言うところの「悪しき宇宙人」の姿もまたカリガリ博士に植えつけられた妄想やもしれず、三話共通の通低音曖昧なる虚構と現実というテーマ性は、実相寺パートでしっかり刷り込まれ、他2パートのあらゆるシーンを「いや、まてよ?」という疑問譜付きで認識せざるを得なくなる。実相寺監督こそカリガリ博士だったのだね!!!

そして、実相寺カリガリの支持の元、二人の眠り男チェザーレと化した監督たちは、「現は夢。夜の夢こそ真」という乱歩の呪い(=祝い)を塗りこめたイコンを画面に叩きつけていく。

第二話の北浦監督の描いたイメージ、画面いっぱいの満月を突き抜けて現れる空飛ぶ機関車、車中では月の光を浴びてシルバー假面に転じたザビーネとカリガリ博士が対峙するという構成が美しかった。「セーラームーン」とか「銀河鉄道999」とか言うヤシは氏ねばいい。あの画面外の観客にむかって疾駆する蒸気機関車は、ルミエール兄弟がパリ万博で発表した世界最初の映画へのオマージュなのだ。前話で、「日常と劇場」の間を跋扈するシルバー假面とカリガリ博士を、見世物と演劇空間で対決させた実相寺監督のイメージを受けて、「映像と現実」の間に二人の対決の構図を持ってきた、対になるイメージなのだから。そして、ザビーネがカリガリ博士に見せられた過去の夢から現実の時間軸に引き戻される瞬間でもあるのだ。

又、カリガリ博士に夢として見せられたザビーネの過去の記憶は、第一話ラストで明かされたザビーネ出生の秘密を受けて、父に背負わされた運命の中で足掻き抜く子供は、行く先々で不幸を撒き散らし、護る人々から石持て追われるというオリジナル「シルバー仮面」における影のエッセンスを濃縮したものとしても機能しているのだ。

三話目は正直、しりすぼみ感が無くも無い。大正九年に設定したのは、関東大震災をクライマックスに持ってくるのではなく、単に浅草十二階を撮りたかっただけだった事が発覚するからだったりもするだろうし、シルバー假面いらないじゃんという壮絶なオチに呆れ果てたという事もあったりするからだ。

個人的には、脚本が中野貴雄ということで、二つ揃ったニーベルンゲンの指輪の力でシルバー假面ジャイアントになるに違いないと踏んでいたアテが外れたことが、悲しかったりするのだが。「シルバー仮面ジャイアント」は実相寺監督も佐々木守氏も参加していないからなぁ、そう言えば。

とは言え、カリガリ博士の居城とも言える大飛行船に、サブリミナルで「見えているのに見えない」心理的ステルス偽装を施すというアイデアは上手かったと。

なんやかやありーのだが、移ろう虚構と現実をケレン味タップリに描いた力作であり。。。。平たく言えば「ヘンな映画」なわけであるが。。。。。、実相寺監督への追悼という意味合い以上に楽しめる佳作であったことは間違い無い。石橋蓮司氏が主役級でつまらない映画になろうはずも無いのだが、カリガリ博士の好演は良かったかと。元々丸顔なので、カーネル・サンダースが悪い病気にでもかかったみたいな風貌に加え、バットマンの悪役めいたギミックの数々と併せ、陽性の悪夢イメージが風変わりで面白かった。

舞台挨拶での寺田農氏曰く、「最低でも十人に、この映画を口コミで褒めないと、石橋蓮司の呪いが降りかかる」そうで。これ読んだ人は是非、劇場で観る様にオススメします。呪いも怖いが(w、照明が実にイイ仕事されているので、テーマ性とも併せて、劇場の暗闇の中で光と影が踊るシチュエーションでこそ、楽しめるのではないかと進言する次第。

それはそれとして。舞台挨拶での主演陣の若手三人、実相寺監督におくやみの一言も無いというのは、人間としてドウかと思うぞ

『シルバー假面』公式サイト

Dr.Who ドクター・フー 「女王と狼男」補足

Dr.Who ドクター・フー 「女王と狼男」補足

なんか最近CGのクォリティの高さが当たり前になってきて感動が薄いのだが、狼男のCGは凄かった。毛並みの質感は「ハリポタ」のバックビークをも思わせる。技術の進歩≒ハイクォリティローコストオペレーションの進展は目を見張るものがあるなぁ。今回の狼男はいわゆる「ハウリング」タイプの、内骨格の変形から見せ始め直立狼状の完成形に至るバリエーション。80年代ホラー映画ブームの立役者の一作であった「ハウリング」のSFXには新しい時代をひしひしと感じたものだった。あれから20年、あのクォリティを凌駕するSFXが、TVシリーズの1エピソードで軽く行われてしまうというのは、感慨深いものがある。

ビクトリア朝に実在した有名人といえば切り裂きジャックがまず第一に思い浮かぶわけだ。(W。
未解決事件ではあったが、容疑者の数は十人を超え、その中にはヴィクトリア女王の孫クラレンス侯爵も含まれていたのは、映画「フロム・ヘル」(駄作)でもおなじみ。ビクトリア女王の子孫が狼男(形態を取れる、体液で相手を支配できる宇宙人)と匂わせるオチを付けて、真意はともかく、ドクター含む地球外の敵に対するカウンター機関としてトーチウッド("Torchwood")設立の勅命はでているわけであるからして、今回のエピソードの続編を3rdシーズンでやってくれるのでは?と期待してみる。トーチウッドvsドクターという構図ができて面白そうである。

ドクターの操るスコットランド訛りの吹き替え版、これはもうちょっとなんとかならなかったのか?あれは(どこの方言か知らんが)洋画・洋ドラでは「アメリカの田舎者」の方言表現として慣例的に使われているものなので、なんか引っかかるンだよなぁ、やっつけ仕事っぽくって。劇中、非常事態の最中に訛りを付けるのを忘れたドクターに対し、ビクトリア女王が一気に不信感を募らせるという場面があるので尚の事、もうちょっと考えて欲しかったと。

あと、テロに対する毅然とした態度ってのは、やっぱりイギリス人の国民性なんだね。結局今回のエピソードは、先代ロバート卿と修道僧達が結託して狼男型エイリアンを撃退しようと画策していた十数年、ビクトリア女王を囮に使うという千載一遇のチャンスが訪れたというお話なわけである。組織論で言えば女王といえど国家というシステムの一部品に過ぎず、文化的(倫理含む)背景を無視すれば代替可能なものであるという、極めて冷静な認識が根底に読み取れるのである。国家を守るためには女王をも囮とする。まさにチェスで言うところのクィーンのスーサイドゲームなわけである。こうした冷徹さは不敬なネタ投下も含め、自己の客観化に長けた大人の国の文化なんだなぁと感心すると共に、建国以来思春期から一歩も踏み出ないアメリカとその文化的侵略に屈している我が国のトホホさ加減をも再認識してしまう。

文化に優劣は無く、老獪では出来ないことも多々あるわけで、いい悪いの話には落とさない。だが、"Dr.Who"「ドクター・フー」という番組がアメリカでも人気を博す秘密には、理解は出来るが追随できない異文化の妙というのがあるのだなぁとか思った。

ジョセフ・バーベラさん逝く

ジョセフ・バーベラさん逝く

こう立て続くと、なんかいい加減にして欲しい。マジに。・゚・(つД`)・゚・。

既に鬼籍に入られた相方ウィリアム・ハンナ氏と共に、数多名作TVアニメを世に送り出した、間接的心の師の一人。代表作を「トムジェリ」はともかく、「スクービー・ドゥー」(邦題「弱虫クルッパー」)と「フリントストーンズ」(邦題「恐竜天国」又は「原始家族」)で済ますなと。

「チキチキマシン猛レース」「スカイキッドブラック魔王」を忘れてもらっては困る。

とは言え、正直のところ、もうお亡くなりになっていると思っていたのであったが、「詳しい死因は不明」というのがなんか物凄く切ないぜよ。。。。。。

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「トムとジェリー」のバーベラ氏死去
 「トムとジェリー」など子どもに人気のアニメキャラクターをつくり出した米アニメーション作家、ジョゼフ・バーベラ氏が18日、ロサンゼルス郊外の自宅で死去した。95歳だった。老衰とみられるが、詳しい死因は不明。

 1911年ニューヨーク生まれ。銀行勤務などを経て、アニメーション作家として30年代に映画会社MGMに採用された。故ウィリアム・ハンナ氏(2001年に死去)とコンビを組み「トムとジェリー」「スクービー・ドゥー」「フリントストーン」などのアニメーションを制作した。

[2006年12月19日11時47分]
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青島幸男さん、逝く・゚・(つД`)・゚・。

今度は青島だぁ・゚・(つД`)・゚・。
あぁぁあああああああ。

都知事としての芳しくない評判が先立つ昨今であったが、世界都市博をブっ潰した政治センスは、今でも俺は評価している。コレが、都庁内部のいじめの構造の引き金にもなったとも思えるのだが。

都知事の人気を終えて早々のバラエティ番組のインタビューで、衆議院時代からの座右の銘として自作の五言絶句を上げられていた事が何より印象深い。詩の詳細は覚えていないが、「コレね、日本語に直すと『わかっちゃいるけど やめられない スイスイスーダララッタ スラスラスイスイスイ』なんだよ」と嬉々として語っていた、あの笑顔!

都知事選い打って出るちょっと前、リメイク「シャボン玉ホリデー」に出演者として参加した折、コントのオチに使う金ダライの底を自ら金槌で叩いて伸ばし「こうするとイイ音出るんだよ」と構成作家として参加した景山民夫の目の前でやったという逸話も素晴らしい。

そう、生涯「シャボン玉ホリデー」のスタンスを守り抜いた人だったのだ。大勢に阿ねず、だがあくまでスマートにユーモラスにあるべしと、初心を貫き通した男前の方だった。。。。。。いや、もっと言ってしまえば、芸能界最後の江戸っ子(あえて、噺家方面は無視する)とも言えるのかも知れない。

その才能と生き様に憧れた者、数知れず。そうした方々に何言うでもなく、まさに生き様を見よ、「黙って俺についてこい!」「そのうちなんとかなるだろう」オーラを発散しつつ体現し、故・景山民夫、高田文雄、引いては唐沢俊一(コチラは景山のなりそこねとご自身日記でおっしゃってたから、孫弟子みたいなものか)功績もまた大きい。

安らかにお眠りください。。。。。。虫プロ劇場アニメ第一作『千夜一夜物語』で共演した岸田今日子さんと同日訃報が届くというのは奇しき縁を感じるなぁ。青島氏が声をアテた主人公アルディンのラストのセリフ

「はっ、いけねぇ。俺としたことが王様なんて小せぇ小せぇ」。・゚・(つД`)・゚・。

数多都知事職に就いた人物あれど、その訃報を心から悼む人間の数の多さでは、おそらく貴方が空前絶後ですよ、きっと。そして、その存在感をこれからも忘れない人々の数も。東京の王様なんて小せぇ仕事でしたよ・゚・(つД`)・゚・。
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訃報>青島幸男さん74歳=前都知事、放送作家、タレント
12月20日13時54分配信 毎日新聞


 放送作家、タレントとして高度成長期のお茶の間の人気を集める一方、95年の東京都知事選で無党派旋風を巻き起こすなど政治家としても活躍した前同知事、青島幸男(あおしま・ゆきお)さんが20日午前、骨髄異形成症候群のため東京都内の病院で亡くなった。74歳だった。葬儀は未定。自宅は非公表。喪主は長男利幸(としゆき)さん。
 1932年、東京・日本橋の仕出し弁当店の二男として生まれた。早稲田大学卒業後、テレビのコント番組「おとなの漫画」で放送作家としてデビュー。歌謡バラエティー「シャボン玉ホリデー」で売れっ子に。植木等の「スーダラ節」の作詞などを手がける一方、67年には、テレビドラマ「意地悪ばあさん」に主演し、タレントとしても一世を風靡(ふうび)した。81年に母親をモデルにした「人間万事塞翁が丙午」で直木賞を受賞した。
 芸能・文化面での活躍の一方、庶民の目線による政治の実現を標榜。68年の参院選全国区で2位当選(以後5回当選)し、政界入りした。この時のトップ当選は現都知事の石原慎太郎氏だった。
 71年の参院予算委員会で、当時の佐藤栄作首相を「財界の男妾」と呼んで批判し、92年には、5億円献金受領問題で金丸信自民党副総裁(当時)の議員辞職を求めてハンストをするなど、意表を突く手法で時の権力への対決姿勢を貫いた。
 95年の都知事では「反既成政党」を掲げ、政党相乗りの石原信雄・元官房副長官らを破って初当選。大阪府知事に当選した横山ノック氏と共に無党派層の時代を演出した。知事就任後は、開催が決まっていた世界都市博覧会の中止を実現させたものの、東京協和・安全の旧二信組の破たん処理への対応や自衛隊違憲発言、都の食糧費公開への消極的な態度などで批判を受けた。
 1期限りで知事を引退。04年の参院選に出馬したが、復帰はならなかった。【清水忠彦】


最終更新:12月20日13時54分
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岸田今日子さん、逝く

岸田今日子さん、逝く・゚・(つД`)・゚・。
えぇえええ!?今年は一体どういう年何だよ!!!

もの心ついた時にはすでに「ムーミン」であり、思春期に前後して「千夜一夜物語」と「傷だらけの天使」があり、今日に至るまで邦画を締める名優として、常に共にあったといって過言ではない存在だった。

「傷だらけの天使」の綾部社長。。。ショーケンや岸田森の雇い主。。。は時に慈母であり時に女帝であり、イイ女の極致として、一生忘れられない。「私、食事をしている所を見られるのは、セックスを見られるより恥ずかしいの」という名セリフは、世のあらゆる女性の金科玉条とすべし!と、思い続けて幾年月、これを体現し続けた方が亡くなるとは。。。。

アニメ方面では「まんが赤い鳥の心」だったか、「まんが日本昔話」の大ヒットに便乗したアニメの朗読が素晴らしかった。「赤い鳥」に掲載された大正・昭和の文人の手による名作童話をアニメ化し、岸田さんが朗読するというのが大まかな体裁だが、脚本は会話文の割合を増やし、事実上の岸田今日子一人芝居という、鬼のようにゴージャスな番組だったのだ。(OP/EDの主題曲の美しさと、怖いくらいシュールで幻想的なアニメもまた印象深かった)研究者の間では評価が低い模様の芥川龍之介「魔術」は凄かった。裏「杜子春」とも言うべき、子供向きではないネガティブ訓話である「魔術」を、これまた子供に阿らない演技で挑まれ、ギャンブルテーマの対決モノの白眉であった。

自作童話「子供にしてあげたお話、してあげなかったお話」の朗読(確か「哲子の部屋」か?)も素晴らしかった。幼児に語り聞かせる口調で語る、大人のエロス

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小さい子でも分かる部分が少しでもあれば、それでいいの。私たちだって本を読んでも、分からないところがずいぶんあるじゃない。でもそのときは謎でも、いつか分かるときが来るんです。
MS. Wendy インタビューより
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業界的には「岸田今日子」ポジションが確立して久しいものの、常に真摯に知性と品格と、そこから醸し出される様々な人間エッセンスを忘れない芸風だった。淑女の中の淑女、安らかに眠ってください。俺たちは一生、貴女のことを忘れません。

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岸田今日子さん死去 「砂の女」、ムーミンの声

 映画「砂の女」や、アニメ「ムーミン」の声などで知られ、演劇でも活躍した個性派女優の岸田今日子(きしだ・きょうこ)さんが17日午後3時33分、脳腫瘍(しゅよう)による呼吸不全のため東京都内の病院で死去した。76歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで行い、後日「お別れの会」を開く。喪主は長女の西条(さいじょう)まゆさん。

 父は劇作家で文学座創立者の1人である故岸田国士。1950年に初舞台に立ち、文学座で「サロメ」などに出演した後脱退、劇団雲を経て演劇集団円の創立に参加した。

 主な舞台に「今日子」「更地」「ブラインド・タッチ」など。「こどもステージ」をはじめ、劇作家別役実さんの作品に数多く出演。ミステリアスな雰囲気で喜劇からシリアスな役まで幅広く演じた。

 安部公房原作、勅使河原宏監督「砂の女」(64年)で、昆虫採集に来た男を砂の世界へ引きずりこむ女の役を演じ、海外でも高い評価を受けた。映画「破戒」「八つ墓村」や、テレビドラマ「傷だらけの天使」でも独自の存在感を示した。

 60年代から「ムーミン」の主人公の声や、ドラマ「大奥」のナレーションを務めるなど、独特の声質と語り口で人気を集めた。

 著書「妄想の森」で98年、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞するなど執筆活動でも知られた。姉は詩人の岸田衿子さん。
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犬神家の一族

「偶然です、恐ろしい偶然です」と名探偵は言わなかった。こりゃミステリじゃなくサスペンスだなぁと。

ラス前@MOVIXさいたま。

TVドラマなら良く出来てるんだろうが、映画としては如何なものか?

音楽が全く持ってダメ。OPは大野雄二のあの曲なんだが、二~三小節すっ飛ばした短縮バージョンで、ドラマが始まる前から興ざめ

女性陣が全般スタイルが良く猿蔵まで長身マッチョとなってしまっては、どうみても終戦直後には見えず。助清・珠代御対面シーンで跪く松島菜々子の頭が尾上菊之助の胸にあるって松島菜々子がデカいんだが菊之助がチビなんだか。もう絵面としてダメダメ。

屋外ロケの現場も限られ、畢竟室内シーンが多くなるわけだが、そういう意味では美術は良くやっていたかなぁと思う一方、普通にロケしてあってはならない映り込みを消すのもデジタル技術だろうとか思ったり。

助武の通夜のシーンの貧相さといったらない。卑しくも信州一の巨大企業の時期当主候補の、東京支店長の息子の通夜で、弔問客皆無ってのはなんだよ。

ミステリ的小技はちょこちょこ挿入されているが、最初の殺人でトリックの本質を金田一が言及したり操りモノと明言してしまったりと、大きなお世話なセリフや演出が全く持ってミステリとしての興を削ぐ。盲目のお琴の師匠にもお前何様だ!ってな言わでもがなのセリフを吐かしてしまったり、徹頭徹尾、横溝世界の雰囲気をぶち壊しまくっている。だがこうしたオリジナルからの改悪は、市川崑他名を連ねている脚本担当の仕業と思われる。そして、最悪なことに、観客側の知性の劣化の故と考えるのが筋かもしれないと思わざるを得ず、暗澹とした気分になる。

最早どぉでもイイんだが、オリジナル版の劣化コピーになるのは目に観えていた中、操りモノであると明示してしまっては、工藤栄一監督のMBS版(古谷一行が金田一)の「犬神家の一族」の方が完成度が高いわけで、ホントに何がやりたかったんだか。

70年のオリジナル版や工藤版の存在を知らない人には、そこそこ楽しめる映画なのかもしれないがねぇ。でもミステリ好きを自認する向きにはハッキリ言って、劇場に見に行く諸経費考えたら、オリジナルや工藤栄一版のDVD買った方が楽しめると思う。


犬神家の一族
コレクターズ・エディション
犬神家の一族 上巻
犬神家の一族 下巻


Dr.Who ドクター・フー 女王と狼男

Dr.Who ドクター・フー第16話「女王と狼男」

1979年を目指すドクターとローズだったが、ターディスが出現した先は1879年のスコットランドの原野だった。旅の途中、列車事故で馬車に乗り換えたビクトリア女王一行と遭遇したドクターは、サイキックペーパーを使い女王護衛の密使の立場を捏造し、ローズと共にビクトリア女王と同道することになる。そして、時空を超えてやってきた旅人二人は、女王陛下に「愉快ではない」と言わせたら10ポンドという不敬な賭けを取り決める。

女王陛下の向かう先は、ロバート卿の屋敷トーチウッド館。だがそこは、ビクトリア女王暗殺を目論む修道僧たちに制圧されていた。妻と使用人を人質に取られたロバート卿は、やむなく女王一行に一夜の宿を提供する。

ビクトリア女王が常に持ち歩く王室の宝物を安置し、館内を案内されるドクターたち。先代ロバート卿は博学の人で、近代科学から民間伝承まで広い研究範囲を誇る知識人であった。この時代に屈折型天体望遠鏡を自作した先代に興味津々のドクター。ビクトリア女王は、亡夫アルバート公も民間伝承に深い興味を示したことから、ロバート卿の研究に理解と興味を示していた。

晩餐の前に着替えをしようとしたローズは、あてがわれた部屋のクローゼットに隠れていたメイドを発見、館の異常を知る。だが、使用人に入れ替わっていた修道僧に拉致され、ロバート卿夫人イソベル達と共に地下室に幽閉されてしまう。そこには、狼男を自称する少年が檻に閉じ込められていた。コンタクトを試みたローズは、狼男が宇宙人であり、ビクトリア女王に乗り移り地球征服を画策している事を知る。そして月は昇り、徐々に狼男の変身が始まっていく。

一方、ローズ不在のまま始まる晩餐の席で、狼男の伝承を披露するロバート卿。昔話がクライマックスに達した時、禍々しい狼の遠吠えが、一同の耳をつんざく。

鋼鉄の檻をなんなく引き破り、自由になった狼男。使用人達を叱咤して必死に戒めの鎖を引き抜こうとするローズ。間一髪脱出に成功したローズ達だが混戦状態の中で勢力を分断されてしまう。ビクトリア女王、ロバート卿、ローズとドクターは観測室兼書斎に逃げ込んだが、そこで狼男の追撃が止まる。ドアに塗ってあるニスにヤドリギのアルカロイドが含まれている事を発見したドクターは、狼男がヤドリギの成分に弱いことに気が付く。だが、なぜ、ヤドリギがニスに混ぜられていたのか?ロバート卿と共に反撃の手段を模索する一方、暗殺劇の真相に頭脳をフル回転させるドクター。

扉の向こうに待つのは奇跡か?破滅か?10ポンドの掛け金地球の運命はドクターにかかっている!


『ジェヴォーダンの獣』の影響があからさまなエピソードだが、やっぱりSFに落とすところは定石通り。トーチウッド(Torchwood)の謎に肉薄する、煮え切らないラストも印象深い。

狼男がローズに「お前には狼に関係するなにかが見える」云々のセリフは"Bad Wolf"を指しているわけで、思わずニヤリ。英本国での放送時では、本エピソードと#13"THE PARTING OF THE WAYS"(邦題:「分かれ道」)の放映は一年間のタイムラグがあったわけで、細かいネタの振りである。

コイヌールが勝利の鍵だ!ってのは上手いね。ロバート卿の天体望遠鏡を見て「あぁ、こんなにプリズム使っちゃ無駄に拡大されて。。。」というドクターのセリフが伏線になっていた。まぁ、自然光を使ったレーザー兵器に転用するんだろうなぁとは読めたが、実在のダイヤが出てくるとは。宝石とか歴史に詳しい人には早々とピンときたんだろうなぁ。ちょっと悔しい。

ビクトリア女王が血友病持ちってのは知ってたが、こういう落とし方かぁというのは愕然とした。史実とは言え王室ネタの振り方としては、かなり剣呑。古墳の発掘もまともに出来ない我が国では絶対不可能な着想である。ローズも「王室はみんな狼男!?」とかちょwwwwまwwwwやめ(ryなセリフを堂々とかましていて、いやはやなんとも、羨ましいぞ、そういう文化!

トーチウッドの意味するところは、「知恵を集めて影を切る」イギリス版SGMの事だったのね。しかも、明示的に対ドクター組織であると。"Torchwood"は観れて無いのだが、ドクターも知らない影の防衛組織が、こういう理念の下に作られていたなら、ダーレクの遠大な侵略計画にも一枚かんでいるやも知れず。奥が深いなぁ。

Dr.Who ドクター・フー 新地球

Dr.Who ドクター・フー 第15話「新地球」

ドクターとローズはターディスに乗り込み時空の旅を再会する。訪れた先は西暦50億23年、M87銀河の中心に位置する惑星、通称「新地球」だった。西暦50億年、地球が肥大化した太陽のフレアに焼き尽くされた後、故郷を懐かしんだ地球人の末裔達が新たに作り上げた惑星だった。

自然と都市の融合した美しい街、ニュー・ニューヨークの景色に感激し、ドクターとの道行きに感慨を新たにするローズだったが、ドクターがここを訪れたのには理由があった。何者かが、新地球のクリニックへ見舞いに来るよう請うていたのだ。そして、見覚えのあるスパイ蜘蛛を通じてローズとドクターをモニターする謎の声。。。。

ドクターとローズは病院に向かうが、エレベーターに乗り込むタイミングを外され、ローズは病院の地下へ誘導されてしまう。そこに待ち受けていたのは、最後の地球人カサンドラだった。地球消滅の時にプラットフォーム1で死んだはずのカサンドラは実は生き伸びており、ドクターとローズへの復讐心を滾らせていたのだ。下僕のクローン人間チップを使役し、カサンドラはローズの脳に自分の精神を転移してしまう。

一方ドクターは招待された26病棟を訪れ、不治の病と思われていた数々の疾患が治療されている事に驚くと共に、プレニチュードと呼ばれる猫のナニーに支配される病院のシステムに、一抹の不信感を抱いていた。そして自分を招き寄せた人物が、フェイス・オブ・ボーであった事を知る。そして、齢何百万歳とも言われるボーは、老衰で死に掛かっていた。

フェイス・オブ・ボーはその死の間際に持てる英知を全て、託すべき人物に託すといわれている。ドクターはボーに選ばれたのか?

ドクターに遅れて26病棟に現れたカサンドラ≒ローズを連れて病院内を散策するドクターは、集中治療室を発見。そこで病院の驚異的な治療技術の秘密を目の当たりにする事になる。それは、クローニングで作られた何万もの人類が、あらゆる疫病を感染させられて、治療法開発のモルモットとされていたのだ。




第2話「地球最後の日」の続編。第一エピソードは未曾有の侵略に晒される現代地球を救うドクターの登場編、第二エピソードでは地球の未来とドクターの運命を示唆する伏線を張る、そして第三エピソードではビクトリア朝前後の過去を舞台にした娯楽編と言う具合に、クリストファー・エクルストンの9代目ドクター(シーズン1)とデイビッド・テナントの10代目ドクター(シーズン2)のシリーズを"Dr.Who"という番組の構成として同じ配置にしているところが興味深い。

カサンドラに意識を乗っ取られたローズをビリー・パイパー≒坂本真綾が好演。ローズの胸の谷間を強調したカットも多く、ビリー・パイパーファンにはタマらんエピソードであった事よ。だが、そんなに言うほどナイスバディか?というのはツっこんでおかないとな(w。似たようなシチュエーションでは「居酒屋ゆうれい」が思い出される。室井滋演じるショーケンの亡妻の幽霊が、後妻の山口智子に憑りついて姿見を見ながら一人ごちるシーン。「胸は鳩胸、肩はいかり肩。。。。こんなカラダちっともイイとは思わないけどねェ」山口智子が言い切ったところが、あの映画の男前だったわけだが、この変はちょっと見習って欲しいかと。まぁ、ビリー・パイパーは顔も体も適度に崩れてるところが宜しいわけで、殊更に美人とヨイショする演出は、少々興ざめ。

ローズと対極をなす地球人の雛形カサンドラのキャラクター造詣が深く掘り下げられている本作だが、テーマ性では第6話「ダーレク孤独な魂」と被る部分もある。悠久の孤独と死という問題である。第6話は「尊厳死」という言葉に収斂されるであろう、生きる目的も意味も意志も失った最後のダーレクに、ローズが安寧な死を齎す。存続させる理由も無い事を受け入れる事の意味を考える(是非ではない)重いドラマであった。一方本日の第15話では、最後の地球人としてのカサンドラの持つ絶対の孤独を徹底した自己中心性と美貌への執着という形で表出させている。

モルモットにされたクローン人間達のグロテスクなメイクや、クライマックスでのゾンビものを踏襲する描写の怖さの中で、カサンドラの意識がローズ、ドクターと行き来するコメディー演出は緩急のバランスが絶妙であった。が、この遣り取りは実はラストへのスプリングボード。モルモットの一人に入り込んだカサンドラはモルモットと意識を共有することで、彼女らの孤独を知る。そして、下僕のチップの献身にも始めて目をむけたカサンドラは、自身の死を受け入れるのだ。このどちらかだけなら、単に泣かせのクサい下の下な演出であったろうが、カサンドラの孤独を癒す二つの要素があったからこそ、見る者は彼女の改心を素直に受け止めることができただろう。大団円を迎えた直後のドクターの一言「君も協力したんだ、カサンドラ」も、スパイスの効いた名セリフであったと思う。

そしてダメ押し。人間の姿を留めていたカサンドラが最後にその美貌を褒められた思い出の瞬間、その時と場所を死に場所に選んでやるドクターの計らい(演出)も、ナイス。寿命が来て崩れ落ちるチップ≒カサンドラの身体を抱かかえ末期を看取る過去のカサンドラの姿は、性格はともかく悪人ではなかった事を観る者に印象付ける。そしてこれは、前回のエピソードで描かれた、性悪説の苦いエピソードに対するアンチテーゼにもなっているのであった。

あぁ、なんだか「淋しいのはお前だけじゃない」みたいなハナシだったな。

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淋しいのはお前だけじゃない







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Dr.Who ドクター・フー クリスマスの侵略者

Dr.Who ドクター・フー 第14話「クリスマスの侵略者」

クリスマスイブの朝、ターディスは21世紀のロンドンに戻ってきた。出迎えるジャッキーとミッキーの前にターディスからまろび出てきたのは、見知らぬ男だった。二人を知っているそぶりの男は、そのまま崩れ落ち昏睡してしまう。男の後からターディスから現れたのはローズ。ローズは、彼こそドクターの変わり果てた姿と説明、とりあえず意識の無い男をローズの家に運び込む。

再会を喜び、クリスマスムドの街にデートに出かけるローズとミッキー。だが、ドクターは昏睡状態から醒めず、ローズの気もそぞろな、ある意味いつも通りのデート風景だったが、サンタの扮装をしたサンドイッチマンの楽器が、突如火を噴いた。明らかにローズを狙うサンタ達の攻撃をかいくぐり実家に戻ったローズ達だったが、何者かに贈られた殺人クリスマスツリーが、マンションもろともドクターを粉砕しようとしていた。

一方イギリス首相官邸では、火星探索船グイネヴィア1が火星到着直前に忽然と消息を絶った事に騒然としていた。そして、グイネヴィア1はエイリアンの画像を送信、全地球の放送局はクリスマスイブの夜に未知のエイリアンの存在を、遍く伝えてしまうのであった。

翌朝。クリスマスの朝。一時的に意識を取り戻したドクターのお陰で、九死に一生を得たローズたちだったが、ドクターは再び昏睡状態になってしまう。そして、ロンドン中から無数の市民が催眠状態になり、高層建築の屋上を目指していった。

首相官邸では、極秘裏に開発された宇宙言語翻訳機を通じて、エイリアン達との交渉が行われていた。シコラックスを名乗るエイリアンは、呪いとしか思えない力で全世界の1/3の人間をコントロールし、高い建物の屋上に登らせていた。全面降伏をしないと、集団自殺で全世界の人口の1/3が一度に失われるというのだ。そして、ロンドン上空に現れる浮遊大陸のような巨大な宇宙船。

イギリス首相ハリエット・ジョーンズは、TVを通じてドクターに助けを求める一方、最終兵器トーチウッド"Torchwood"の準備を軍に進めさせるのだった。


新生ドクター、デイビッド・テナントの誕生編を時間枠拡大で放映。ターディスの駆動音を耳ざとく聞きつけて外に出てくるジャッキーとミッキーの姿には、ちょっとホロっとさせられる。そして、顔の変わったドクターを観たジャッキーが「ドクター?誰よ?」というセリフが爆笑。残念ながら英語版は見れて無い(amazonから届くのは2月頭だよ、トッホッホ)のだがおそらく原語では"Doctor?Who?"と言っていると思われ。

シコラックスのコマンダーにローズが勧進帳で挑むシーンもまた爆笑。これは第1話でドクターがネスティーンに試みた退去勧告の猿真似なんだよな。そして。。。。クリストファー・エクルストンの9代目"Dr.Who"シリーズを一渡り観てしまった今は、あの退去勧告がそもそもドクターのハッタリだったとほぼ確信せざるを得ず、二重に可笑しいのであった。

ジングルベルを奏でながら高速回転で家財道具を粉砕しながら突き進むクリスマスツリーは、なんだか「赤影」のノコギリ独楽戦車のような凄みが感じられた。

このツリーの他、サンタのマスク、ビルのヘリにズラっと並ぶ人々の描写など、地味に怖い絵面が宜しい一方、ジャッキーとジョーンズ首相がそれぞれ全く異なるアプローチから変わらぬ性格を実感し、ドクターが同一人物であると納得したり、シコラックスとの会話がシームレスに行われ始める事でドクターの完全復活を表現したりと、細かい演出がGJ!(ジャッキーのBFが何気に変わってたり、ジョーンズが老け込んでたりとかも上手かったかと)

ヒロイックファンタジーな展開から、ドクターの手が切られた側から再生するなんて噴飯モノのシーンもありながらラストの苦さで全て帳消しに出来る、新シリーズ幕開けに相応しい、盛りだくさんのエピソードであったと思う。特に、ドクターの顔は変われど性格変わらずって設定は、今後どうなるか解らんが、今日のエピソード時点ではマルかと。前回のエピソードで「50億の言語を操る喋りの天才ドクターだ!」とエクルストンドクターが大見得切っていたが、そのラインを踏襲し、復活したテナントドクターが敵味方共々に舌先三寸で煙に巻いて状況突破するクライマックスは拍手もの。。。。。でも、今度のドクター、首相を呪で縛ったりしてまるで京極堂である(w。

ところで、ちょうど今CSのファミリー劇場では「シルバー仮面」が再放送されている。この30年以上前の特撮変身ヒーロー番組は「地球人は宇宙の敵」というテーマのシニカルなドラマであり、さらにたまたま昨日放映されたエピソードでは特定の血液型の人間のみを転送するテレポーターを使う宇宙人が登場しており、実相寺監督の訃報の件もありーのでうそ寒いシンクロニシティを感じてしまった。「シルバー仮面」恐るべし((((;゜Д゜)))

アイフル大作戦

丹波哲郎氏の追悼企画って事は無いのだろうが、いいタイミングであることは否めない。改めて見直すとこの辺りから、何かの役を演じるのではなく、役名を付けられた丹波哲郎を演じているヒトだったんだなぁとか思ったり。

それにしても、「キーハンター」の後番組としての力の入り具合が凄い。深作欣二が佐藤純弥と共に監修に名前を連ねてる。第一話は佐藤純弥監督に脚本は小山内美江子と豪華な顔ぶれ。

アクションがとにかく激しく、LPモードの録画では、画面が滲むほどに激しい。クライマックスは造成現場での三つ巴の立ち回りとなるが、コレは「仮面ライダー」でおなじみの風景。比較すると、「ライダー」ですら、歌舞伎の見得に相当する、スローでオーバーアクトの殺陣をとっていたことが良く判る。間接的に、「仮面ライダー」という番組の底の深さを思った。

小川真由美の肢体と腰の細いことといったらねぇ。一話で4回くらいコスチュームチェンジがあったり。そのデザインからも「黄金の七人」のロッサナ・ポデスタをイメージしている事が伺えるも、カネゴンばりの守銭奴という設定で、大いに笑わせてくれる。幼心に胸ときめかせた、強くて綺麗でオモロイお姉さんっぷりは健在なのだが、コッチの実年齢が当時の小川真由美のソレを当に越えているため、ただひたすらに可愛い女なのであった。。。。リアルドロンジョさまなんだよな@^-^@

あと、すっかり忘れていたが、杉浦直樹がレギュラーなんだったね。そうか、丹波・杉浦・小川の三角関係がドラマの中心であったか。ストーリーなんかすっかり忘れているので、いかにして丹波がバーディー探偵社の所長に納まるかが楽しみになってきた。

カジノ・ロワイヤル

カジノ・ロワイヤル

エピソード1流行でシリーズリセット。だが史上最も粗暴なボンドは「女王陛下の007」になるのか!?

@新宿ミラノ。

新生ボンドの「若さ」を強調したい意図は良く伝わるのだが、傲慢不遜な態度は良しとして、まぁとにかく良く走ること。「太陽にほえろ」のジーパン編かよ!てな具合、ひたすら走りまくるダニエル・クレイグのボンドはいじらしくもある。。。。ジーパンと言えば、松田優作も「遊戯」シリーズでも良く走らされていたなぁ(w。

ボンドのやんちゃ坊主化に伴い、サッチャー風鋼鉄婆さんだったMまでもがおかん化してしまっており、なんだか微笑ましい。

また、史上初じゃないか?戦闘の負傷で顔面裂傷まで描かれるボンドって。そんなこんなに加えて、見る前に某映画誌でスペクター面と揶揄されていたが、この表現がまた言いえて妙なので前半可笑しくて仕様が無かった。

が、後半戦はイイ意味で唖然。あの「カジノ・ロワイヤル」原作をほぼ忠実に映画化してちゃんと「007シリーズ」として面白く仕上がっているんだもん。前半のアクションはクライマックスの前倒しが二つもあるが如き様相の中ひたすらボンドが走り回るのだが、これがル・シッフル(マッツ・ミケルセン)がカジノ・ロワイヤルでボンドとカード勝負せざるを得ない状況への伏線になっているのだ。すごい贅沢な前振り!ゲームはバカラではなくオープンポーカー?かなり特殊なルールのポーカーに変わっているが、この勝負をかなりじっくり描いている。タイトルは伊達ではないということだ。ギャンブル対決モノとして本邦では「カイジ」なんかがあったりして、ちょっとシンプルな感じも否めなくは無いが、途中で南アのテロリストとの格闘戦はあるわボンドが一服盛られて死に掛かるわと、ボンドとシッフルの心理戦の流れを中断することなくサービスがてんこ盛りになっている。何気にフェリックス・レイター(ジェフリー・ライト)の登場およびダチ付き合いの始まりや、「殺しのライセンス」の重さが描かれたりと小技の利いた仕切りなおし演出が光る。

その後ボンドの尻たたきもありーの、裏切ったベスパーを仕留める四度目のクライマックスがありーのと、概ね原作に忠実なストーリーながら、原作を遥かに凌駕する面白さなのであった。モンテネグロでボンドをサポートするMI6要員マティス(ジャンカルロ・ジャンニーニ)の裏切り疑惑や、四度目のクライマックスでヴェスパーともどもベネツィアの家一軒水没させる、妙なリアリティのあるカタストロフによって原作で評判の悪い「ハーレクインロマンス」要素を希釈する事に成功している。

そしてラスト、"My name is Bond,James Bond."のセリフが決まったところでEDロールが「007のテーマ」をバックに流れる。あぁ、もう解ってらっしゃると。

これは、監督と脚本の力であろうと思われる。監督のマーティン・キャンベルは「ゴールデン・アイ」の監督も努めており、ボンド演出には手馴れた方。ピアース・プロスナンのボンドが定着したのはこの一作目があればこそで、地味目だけれど手堅くリアリティあるアクションに加え、00要員の悲哀というものをシリーズで初めて描いたのは、「ゴールデン・アイ」ではなかったか?脚本は三人が名を連ねているが、ニール・パーヴィス&ロバート・ウェイドは「ワールド・イズ。ノット・イナフ」「ダイ・アナザー・デイ」に続く三作目の登板。もう一人は、「ミリオンダラー・ベイビー」「クラッシュ」でアカデミー賞を受賞しているポール・ハギス。ハギスはボンドマニアとして、マーティン・キャンベルに招聘されての参加の由、そりゃ良く出来てるわけだよ。プロデューサーにはアルバート・B・ブロッコリーの娘バーバラ・ブロッコリーも名を連ねている。プロデューサーとしてはティモシー・ダルトンシリーズとピアーズ・ブロスナンシリーズの傑作編には顔だししている辺りからも、本作の成功の原動力の一人として見て良いだろうと思う。

オープニングのタイトルデザインも面白かった。トランプの絵札とルーレットを意匠に、クレイグ・ボンドの俺様ッぷりを見せ付ける、お姉ちゃん要素無しの異色作。

次回作は2008年公開予定で、ダニエル・クレイグの続投は決まっているそうなので、ジョージ・レーゼンビーにような一発屋では終わらない模様。プロデューサー含むメインスタッフが同じ布陣であるなら、期待できるかも。

ルナシー

ルナシー

ヤン・シュヴァンクマイエル監督最新作。筒井風味の革命批判

新宿 K's cinema。

甲州街道脇旧三越裏手のやくざ映画専門の名画座がリニューアルしたんだね。飲み屋の看板ばっかり目立って、単館系の映画館が出来ていたなんて始めて知ったよ。

主人公ベルロ(パヴェル・リシュカ)は母親の死をきっかけに、屈強な男に拘束衣を着せられて精神病院に強制収用される悪夢を見るようになる。その夢のリアリティは現実のものとしか思えず、悪夢にうなされるたびにベルロは、夢の中のように暴れ周り、周囲を破壊してしまうのだ。ある宿屋でこの悪夢に襲われたためボヤ騒ぎを起こすベルロだったが、おなじ宿屋に投宿していた侯爵(ヤン・トジースカ)と名乗る男に、部屋の賠償を肩代わりしてもらう。
近世ヨーロッパ貴族風の衣装をまとう侯爵は時代錯誤な事に馬車で旅をしている。同道を進められたベルロだったが、侯爵に翻弄されつつ、侯爵の館に軟禁されてしまう。
夜、まさにサド侯爵のように、冒涜的な儀式の末若い娘達を陵辱する侯爵の姿を覗き見たベルロは、翌朝早々に出立を決意するのだったが、朝食を喉につめ侯爵は意識不明に。侯爵の下僕から手渡された手紙には、この下僕の指示に万事従うようにという侯爵の懇願が記されていた。そして口の利けない下僕は、意識を失っただけかもしれない侯爵を、早々と納骨堂に埋葬する。ベルロは銃で脅され、埋葬の手伝いと寝ずの番を強要される。
果たして早すぎた埋葬は侯爵の仕掛けた悪戯だった。激怒するベルロに侯爵は、自分の母親は緊張症を患い、発作と臨終を取り違えたまま、生きながら埋葬された事を語る。侯爵もまた緊張症を受け継いでおり、母への思慕とまさかの時の予行演習として埋葬ごっこを行っているのだという。
夜、再び悪夢の発作に襲われたベルロは、あてがわれていた寝室を破壊してしまった。弁償を申し出るベルロに、精神医学的な治療を薦め、精神病院に連れて来る侯爵。院長ムルロップ(ヤロスラフ・ドゥシェク)の診断は入院の必要も無いであろうというものだった。だが、ムルロップの元で働く看護婦シャルロット(アンナ・ガイスレロヴァー)は、あの夜侯爵に陵辱された娘だった。シャルロットを救う決意を秘めてベルロは、自ら入院を願い出る。
さまざまな症状の患者が一律病棟内に開放されている奇妙な精神病院で、侯爵とムルロップ院長の狂鬼の宴が繰り広げられる。そしてベルロは、シャルロットから驚愕の事実を打ち明けられる。本物の院長以下医師や看護士は皆、重症患者を収容する地下牢状の病室に幽閉されているというのだ。地下の病室鉄格子の向うに全身にタールを塗られ羽毛を振りかけられた人々の姿を目の当たりにしたベルロは、シャルロットと協力し、彼らを解放しようとするのだったが。。。。

冒頭、シュヴァンクマイエル自身が登場し、「この映画は(芸術が通俗に負けた)ホラーである」と語る。ポーからの着想や、サド侯爵の影響も同じく語られる。

確かに侯爵はサドそのものであるし、ポーに関しては「早すぎた埋葬」はいわでもがな、全身タールと羽毛は「ちんば蛙」からの着想である。暴君とその取り巻きが余興で怪物の扮装をする為にタールを塗って云々が「ちんば蛙」だが、タールを塗られていた本物の院長こそ暴君なりというどんでん返し、そして不具の道化とその恋人が果たす復讐劇が実はという、二重のどんでん返しが仕掛けられている。ここに読み取れる真意は、リベラルかならずしも善ならず、されど圧制は地獄ということであろう。また真の暴力は秩序から生まれるという事も読み取れる。そういう意味では、確かにホラーであろう。

だが、シュヴァンクマイエル監督の作風は、本作をことさら声を大に「哲学ホラー」などと言わなくても、全般、極めて恣意的に狂気の拡散と浸透を描いており、怖がろうと思えばいくらでも怖がれるのであった。

ポーとサドというキーワードは、ベタに描かれているものの、日本の観客はもう一つ、筒井康隆の作品世界との通低音を感じ取ることが出来るだろう。常識や道理が狂気に押し負けてしまう精神的不快感が本作のもう一つの味わいである。

偶然、筒井康隆原作の「パプリカ」を昨日見ており、ツツイ的悪夢世界が二連発となってしまったのも、シンクロニシティというやつであろう。

モデルアニメーションのグロテスクなユーモアは相変わらず健在。今回は食肉をモチーフとしており、這い回る豚タンや牛サーロインが、場面転換の都度、ショートショートムービーのようにインサートされる。感心するのは、1シーンで肉の色が変わっていないということ。コマ撮りでとっていれば、シーンの最初と最後では肉の色がすかり変わっていそうなものだがソレが無い。もしかして、生肉そっくりのパペットを作ったのか?とも思える。どちらが正しいのかは解らないが、シュヴァンクマイエル節の悪趣味なユーモアのイメージがいつにも増して生々しく、しばらく肉を食う気が失せる事は請け合いである。

パプリカ

パプリカ

筒井版「ドリームハンター麗夢」なのか?エロさ控えめな圧巻の悪夢世界

@テアトル新宿。

原作読んだのが7年くらい前か?デルボーの作品をあしらった表紙のハードカバー版。香山リカがマスコミに出始めた頃で、「なんだかなぁ」とも思ったもんだが、サイコテラピーとしての「癒しのセックス」ってのが流石というか、御大わかってらっしゃるって感心した。

映画の方の出来栄えも中々のものではあるが、夢の歩き巫女パプリカ≒千葉敦子のセックスシーンは丸々割愛されてしまっているのは残念。公開制限を避けたいといった配慮なんだろうがさ、そもそも分裂症患者の夢(映画では誇大妄想狂にされてたな&今では統合失調。)を映像化するのが眼目の映画なんだから、その程度の事は既にしてピリピリする問題では無いように思われる。

この辺ぶった切ってるから警部の絡み方含め、パプリカ=アニマを救い出す男の童話という物語の構造そのものが大きく変わり、今一感動もカタルシスも薄いのであった。

パプリカのキャラクターデザインも、もっとソバカスを強調してよかったと思う。敦子の後れ毛にフェティッシュな拘りを見せ付けてくれたんだから、その分身にもフェチぃ要素を押し出して欲しかったと。。。濡れ場無いんだからさ。

一方での気違いの見た夢のシュールさは非常に良く出ていて、妄想のパレード曲はホントに夢に見そう。また、夢判断は隠れキーワードなわけで、夢の中および夢が現実を浸食するクライマックスでのイメージの連鎖の奔流は見ごたえあり。

本作の出来栄えとは全く無縁の部分での私観だが、この映画の企画が実写で実現できない邦画界の構造ってのはもうどん底だなぁと。パプリカの設定年齢で無理ない範囲の、林原めぐみ並みの演技が出来る女優がいるか?ってところで躓いてしまうのが、腹立たしい。

宮内国郎氏逝く

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訃報:宮内国郎さん74歳=「ウルトラマン」などの作曲家
 宮内国郎さん74歳(みやうち・くにお=作曲家)27日、大腸がんのため死去。葬儀は近親者で行う。自宅は東京都狛江市岩戸南1の5の2。喪主は長男俊郎(としろう)さん。

 「ウルトラQ」「ウルトラマン」など特撮テレビ番組や映画の主題歌作曲を中心に活躍した。

毎日新聞 2006年11月30日 22時46分
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謹んで御冥福をお祈りします。。。。まったくなんてこった。実相寺監督といい、宮内さんといい、「ウルトラマン」関係者の矢継ぎ早の訃報。。。。。。

ウルトラシリーズの仕事が多かったわけだが、他には何も無いのか?ジャスラックのDB手繰っても、解りきったものしか出てこない。。。ちゅうか、「ウルトラQ」と「ウルトラマン」以外の作品はジャスラック通っていないっぽいぞ。「ガス人間第一号」も「ボーンフリー」も「コセイドン」も「ザ・ウルトラマン」も引っかからない。。。。

なんなんだろうなぁ、こういう扱いって・゚・(つД`)・゚・。