FC2ブログ

Lc.タグクラウド

プロフィール

Gamby13

Author:Gamby13
Gumby13名義で、気が向いたらamazonのDVDレビューもしています。amazonご利用の際は、是非、当店経由で。

最近の記事

amazonで探す

商品レビューも参照できる!

世間の意見と比べてみよう!

月別アーカイブ

最近のコメント

最近のトラックバック

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バトルホーク

初めてなんだから、もっと優しくしてよ!なんかもう、遠慮会釈の無いエナジードレイン番組、再放送開始。

本日より、ホームドラマチャンネルで再放送が始まった。疲れ切って帰宅して、最後のエネルギーを搾り取られた気分。今夜は良く眠れるだろうなぁ。

存在自体は知っていたものの、本放送時は一回も見ていない。アニメブームの最中、一連の「スパロボ」の代名詞を生み出し続けたダイナミックプロ(石川賢&永井豪)が、敢えて世に送り出した特撮変身ヒーロー番組、それが「バトルホーク」だ。

インディアン(原文まま)の伝説の神器ゴッドホークを使って変身する三兄弟と、目的不明の悪の武道家集団「凶鬼の掟」が、どうやら世界の平和を守るため、激しく脱力な着ぐるみ格闘バトルを繰り広げる。

三十分枠、突っ込みドコロ満載。でも多くは語りたくない。まだ石川賢先生の喪中の期間であるわけだが、それが理由では断じてない。ホントに見るものの力を根こそぎ奪い取っていくのだよ、この番組。

とりあえず、場の空気の読めない脚本は、気力と時間があったら別途語りたいかもしれない。
スポンサーサイト

「リーピング」

「イナゴ少女現る」ってあんまりなコピーだったけど、それしか言いようが無いよな、プロモ的に。実はメリケン「犬神の悪霊」だった、「エクソシスト」エピゴーネンの佳作

@新宿ミラノ座3。GW映画の残滓と「パイレーツ・オブ・カリビアン」の間に埋もれて、上映今日からだってすっかり忘れてたよ、危ないところだった。

信仰に挫折した科学者、美少女、悪魔憑きにイナゴの大群ときたら、「エクソシスト2」のリスペクだと思うよな、普通。「エクソシスト・ビギニング」が「エクソシスト」全面リスペクトした希代の珍作だった事もあって、元祖珍リスペクな「2」にオマージュを捧げるとはなんて漢気のある企画なんだろうと、予告編観てちょっと感動したのだった。

だが実際の映画は、旧弊なド田舎を舞台に、村八分状態の呪術筋の美少女を救う都会の科学者の闘い、そしてクライマックスで明かされる美少女に仕組まれたどんでん返しと、実は「犬神の悪霊」のリメイクなんではないか?という内容だった。2/3くらいまでは、超常現象なのか、科学的に説明が成り立つ怪現象なのかを決めつけないで話が進む。この構成は「エクソシスト」(オリジナル版)もそうであり、「犬神の悪霊」も同じ方法論をとっていたわけであり、「エクソシスト」のエピゴーネンとしては、然るべき方法論なのかもしれない。そういうわけで「エクソシスト」のエピゴーネンという括りでは、大きくブレは無いのだ。

が、「犬神の悪霊」の良いところは、最後まで科学的合理性を貫き通した点が千両だったわけで、時空を隔てたシンクロニシティに素直に感動しながらも、後半の展開はちょっとガッカリな感が否めない。キリスト教圏で作られる映画なわけで、しょうがないっちゃぁしょうがないのだが、町ぐるみサタニストでしたというダルダルな展開から、実は「オーメン」なオチに至るどんでん返しは、まぁ小器用に良く纏めたかなぁと思いつつもねぇ。

とはいえ、町の衆が神の業火で豪快に焼き殺されるクライマックスのカタルシスは、中々のもの。本作「リーピング」で描かれる怪異は出エジプト記に記される「十の災い」に符合するものとされている。えーっとさ、出エジプト記の「十の災い」って、ユダヤ人を奴隷として使役するエジプトを見舞ったもんだろ?モーゼの大脱走を迫撃したファラオに下された神の呪いなわけで、神を信じ、ホワイトトラッシュな美少女に悪魔崇拝の汚名を着せる動機としては変だろうと。お前らホントにキリスト教徒かと。聖書を読んで理解していないだろうと。バカでマヌケなアメリカ白人にキリスト教徒って役が付くとこれ以上のバカはいないなと、心の中では笑い転げて観ていたんだが、あぁいう仕掛けがあるのなら、全てが理に落ちる。結構鮮やかな脚本だなぁ。

イナゴの大群の迫力はそうとうなモノがありーのだが、川面から岸辺の湿地一帯が真っ赤に染まるシーンも含め、実にアナログの力を見せ付けてくれる良い演出だったなぁ。無論、CGも使ってはいるものの、8:2でアナログ演出が多く力が入っている。こういうところが油断なら無いなぁ、ハリウッドは。

最後になったが、トラッシュ感濃厚なブロンド美少女ローレンを演じたアナソフィア・ロブだが、ソッチの気は無い俺でもグっとくる凄い美少女。ほっそりとした肢体に垢じみたメイクを施しているのだが、さらに股間から踝まで伝う経血なんてドエロい悪趣味メイクが加わり、なんだか町田ひらくの漫画から抜け出てきたような印象を覚える。薄幸萌えな人は悶死するかも知らんな。いや、しかかった俺ガイルんだが。。。。。。。。。。
アナソフィア・ロブって「チャーリーとチョコレート工場」のチューインガム娘だおΣ(゚∀゚||)
名前からロシア系と思われるのだが、なればこの美しさは今が盛りぞ!あとはデブデブに劣化するだけだぞ!

そういう意味では、今劇場に足を運ぶ意味の大きい映画化と思われる。

「ハンニバルライジング」

事前にはギャグにしていたが本当に「男はつらいよ」みたいな映画だったYO。観ながら笑い堪えるのに必死。

あんな原作であったが故、ある種の「歪な笑い」を期待して見に行ったわけだが、映画のストーリーは更に原作から刈り込みが進んでおり、キャラクターの機微を描こうと言う意志は希薄な模様。コン・リー演じるヴァイオレット叔母さんが出てきて早々「ヤる気マンマン」になってたのは笑った。その癖してラストは「ごめんなさい」(爆。レクター、カワイソス(w

ラストバトルは、学生さんが刀振り回して悪人にM字の切り裂きカタルシスウェーブ放射(学生さんがされるんだが)、節操無い大爆発と、どこの「星雲仮面マシンマン」だよっと。

今後ヤング・レクターは行く先々でマドンナと恋に落ちてはフられていくのであろう。どっひゃーなお約束のドタバタ(キモ付き)を挿入しつつ。完全に「男はつらいよ」フォーマットで新作が作られていくモジュールが完成したと見たが、如何か?

マジコメントすると、「キれ易い青年」レクターの多彩なキリングテクが中々みせてくれる。馬に引かせて縊り上げるトコなんか、ロープにバターをぬって滑りをよくするなど、細かい仕事が光る。

天才サイコセラピストの片鱗をうかがわせるポピール警視との遣り取りとか、ギャスパー・ウリエル演じる「若レクター」の表情の作りが「羊たちの沈黙」当時のレクター像をトレースしており、ある意味正しい原点回帰を達成していたりと、シリーズものとしての見所はある。

本筋とはほぼ関係ない、ソビエト軍の戦車とか打ち落とされるドイツの哨戒機とかのミリ描写も、素人目には中々のモンだったように見受けられる。

歪な笑いが理解できる人と、シリーズ構成なんてどーでもイイや!という軽いヒトには1,800円で十分楽しめる。まぁ、ラウレンテイスのプロデュースだからね。でも「羊たちの沈黙」のレクターファンにはクソみたいな代物という、商業的には微妙なボリュームを構築する層を中抜きした、ある種マーケ的冒険作≒意欲作であったかもだ。

"After The Fox"(紳士泥棒 大ゴールデン作戦)

"After The Fox"(「紳士泥棒 大ゴールデン作戦」)

amazon.com万歳!国内未発売のピ-セラ主演クリミナルコメディの佳作

ED
カイロで金塊四千ポンド(重量)を強奪した犯罪者オクラ(アキム・タミロフ)が、ヨーロッパに金塊を移送するために、「狐」の異名をとる盗賊アルド・ヴァヌッチ(ピター・セラーズ)にコンタクトを取る。

服役中のヴァヌッチは今度こそ厚生しようと仕事の申し出を撥ね付けるのだが、おバカな妹ジーナ(ブリット・エクランド)の行く末を心配して脱獄。

老いた母親の生活を支え、映画スターに憧れる妹を「真っ当」な結婚をさせるためには資本が必要と痛感したヴァヌッチは、オクラの申し出を引き受ける。


イタリア警察に脱獄囚として追われながらヴァヌッチは、映画の撮影をカモフラージュに、金塊を運搬する計画を思いつく。ニセ「イタリア映画の巨匠」となったヴァヌッチは、折り悪しくローマを訪れていた往年のハリウッドスター、トニー・パウエル(ヴィクター・マチュア)を騙し主演俳優として担ぎ出す事に成功。架空の芸術巨編「カイロの黄金」の撮影は始まるのだった。


つまらなくは無いが、流石にちょっと古臭いかも。脚本は「名探偵登場」のニール・サイモンなのだが、ギャグの切れが今一つ。英語字幕のセリフも全般解りやすいところから、伊英合作作品という事でのイタリア寄りのベタさになっているのかもだ。

外の人などいない
ギャグとしては、オクラとヴァヌッチの1stコンタクトシーンが面白かった。コンタクトパーソンの美女(マリア・グレセア・ブッセーラ)の後ろでオクラが喋る。それに口パクで合わせる美女。んで「外の人などいない」ってのがツボだった。

ヴァヌッチが「イタリア映画界の巨匠」を印象付けるため大女優との交流の深さをアピールするところで出てくる「ソフィア」とは当然ソフィア・ローレンを指す。「求むハズ」("THE MILLIONAIRESS")でセラーズはソフィアと共演。この時にセラーズはソフィアに一目ぼれしたがあっさり肘鉄を食らっているという背景、および、本作で妹ジーナを演じるブリット・エクランドはセラーズの二人目の妻という事を知っていると、ちょっとだけギャグが面白くなるかも。


クライマックスはカーチェイス。あの時代でもカーチェイスかよ!というお腹一杯感が漂う展開なのだが、金塊を独り占めしようとするオクラが、撮影用のスモークを焚きながら逃げる為、追うヴァヌッチも警察も文字通り煙に巻かれるというところが一捻り。でも、絵的には何をやっているかサッパリ解らず考えオチ感が濃厚である。

冒頭とラストで繰り返されるヴァヌッチ脱獄のアイデアは、旧「ルパン三世」の「脱獄のチャンスは一度」に転用されているようだ。

音楽はバート・バカラックだった。あの時代のノリの良さが心地よいけれどもなぁ、音楽に映画が負けていたような。

顔ぶれはゴージャスなんだが、今一つチグハグな感じが否めない。大昔、日本語吹き替え版をTVで見た時には大傑作だと思ったんだがなぁ。これは、記憶の美化だけでは無いはずだ、きっと。

「スパイダーマン3」

童貞のかむった皮が、彼女が出来て黒くなりました。皮も剥けました。でもね、シリーズで一番「童貞臭い」映画なんですよ。ホント、セックルはヒトを大人にしないねぇ(´ω`*)

トレイラー観て、「あぁ、MJ(キルスティン・ダンスト)死ぬな。。。」と思っていたところで、冒頭早々に二人目の彼女グエン(ブライス・ダラス・ハワード)が出てくると。なるほど、サンドマン(トーマス・ヘイドン・チャ-チ)とヴェノム(トファー・グレイス)の挟撃はそういうところに繋がるのね。。。。と思っていたら、全く予想を裏切る展開であった。

MJからグェンへの彼女交代劇は次回作持ち越しという事なのか?の割には、あんまり活躍しないヴェノムとか、あっさりケリついちゃったゴブリンJr(ジェームズ・フランコ)とか、サンドマン=フリント・マルコとの伯父の死を巡る恩讐の解消とか、まとめに入りたがっている感が濃厚。これが最終作でもおかしくない展開だった。

今回はスパイダーマンではなくピーター・パーカ(トビー・マグワイア)として、スパイダーマンの能力を駆使する描写が凄く多い。冒頭でのゴブリンJrとの第一ラウンドは、ヒーローもの好きとしてはかなり燃え上がるシチュエーションである。

だが、ヴェノム誕生までのプロセスとして存在する黒いスパイダーマンを印象付ける必要性から、破れマスクも含め、ピーター状態でのスパイダーマン能力場面が多すぎ、ちょっとくどいかも。

ピーターは善人ではあるが、徹底的にダサい奴なので観ていてイタイのだ。エイリアンの影響で悪ピーターになってもやっぱりダサダサなところは、可笑しいを通り越して腹立たしくさえある。

そういうわけで、燃えに燃える呉越同舟のラストバトルにあっても、今一つ乗り切れなかったりする。

ゴブリンJr、サンドマン、ヴェノムと悪役三人それぞれにピーターとしての絡み&スパイダーマンとしてのバトルを盛り込んでいるのが、バカ正直が過ぎて鬱陶しいくらいだ。どれか一人削ったほうが、シャープなドラマに仕上がったように思うのだがな。

んで結局のところ、最強の敵ヴェノムが実に弱っちくなってしまっているわけで、サム・ライミ監督にしては珍しく「贔屓の引き倒し」に陥ってしまった事が残念。

とくにね、ゴブリンJrはあからさまにバットマンへのオマージョとして描いていたわけで、あの扱いになってしまったのは本当に勿体無い。

JJJの意地悪秘書とか、TOYカメラの意地悪幼女とか、アニメ主題歌のブラスバンドアレンジとか、細かいツボどころもあっていいアクセントにもなっているのだが、どうにもドラマ全体がくどすぎた気がする。

「バベル」

カート・ヴォネガット作品の香り漂う「優しいペシミズム」の佳作

@新宿バルト9。

要は「風が吹けば桶屋が儲かる」というハナシを、巧みな構成で見せる映画。先月亡くなったカート・ヴォネガットの香りが漂う、個人的にはアタリの映画だった。

いわゆる泣かせ系の映画では断じてないので、世間の評価は厳しいようである。GW向きの映画とは思えない点では同感。面は点の集合だが、点は面を認識できないという、根底のペシミズムがキモだからな。

異文化を描く場面では、極力虚構性を排したドキュメントタッチのアングルを、コミュニケーションを描く場面では、割合ベタなアングルをとることで、言語コミュニケーションの限界とノンバーバルコミュニケーションの普遍性を訴えかけている。

微妙に荒れたフィルムの質感もまた、一役買っているように思える。

菊池凛子の熱演だが、ティーンエイジャーの行き場の無い感情の描き方としては秀逸だった。聾の女の子という特殊な設定を持ってきながら実生の現代日本の女子高生を極めてリアルに捕らえるという方法論が秀逸だったと思う。

のだが勘違いブサ女が究極の免罪符を手に入れ、何しでかすか判らないという恐怖感が先に立ってしまった。

そういうところも含めてヴォネガット的なんだがな。

アドリアナ・ヴァラッザのメキシコ人メイドが実にいい味を出していた。バタフライエフェクト的運命論という俯瞰視点の本作中で、異文化を言語で繋ぐスキルを持った主要登場人物ではこのオバさんだけであった。

にも関わらず、純粋なトバッチリ食ってある意味一番不幸な結末を迎えたのがこのオバさんというところが、実は本作のテーマをもっとも体現しているのではないかとか思ったのであった。

FC2Ad

相続 会社設立

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。