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エコール

「エコール」 監督/脚本:ルシール・アザリロヴィック

美しい良い映画だが、なんともコメントに窮する、不思議な映画。

何処とも知らぬ森の中に、外界から隔離された学園(エコール)がある。そこには、六歳の少女が全裸で棺に納められてどこからか送り込まれてくる。そうして少女は12歳になるまでを学園で過ごすことになる。少女たちは年齢別に色の異なる(昇順に赤黄緑青紫と光のスペクトルに準じている)リボンをつけ、年長の少女が年下のものの面倒を見る。

学園内には、バレエ教師エヴァ(マリオン・コティヤール)と脚の悪い生物学教師エディス(エレーヌ・ドゥ・フジュロール)の二人にメイドの老婆と、女性しかいない。そして、年に一回、校長が訪れる。青いリボンの中から最も美しく、バレエに長けた少女を選別するためだ。選ばれた少女がどこに連れて行かれるかは一切謎。また、紫のリボンをつけた最年長の少女たちは、定期的に地下道を通って、観客の一切見えない不可思議な劇場でバレエの公演を行う。紫リボンの少女たちも12歳になったとき、学園を卒業し去っていくのだ。

この不思議な空間に、六歳の少女イリス(ゾエ・オークレール)が送り込まれるところから物語りは始まる。戸惑いながらも学園の生活に馴染んでいくイリスの姿を中心に、八人の少女の姿を、リボンの色≒年齢相応の悩みや不安、心の機微を柔らかく捕らえ、万華鏡を覗くような群像ドラマとして描いている。

まぁ、とにかく見てくれと。万華鏡という例えは我ながらナイスかも。というのも、同じ映画であっても観客個々の心象は一つとして同じものは無いように思われるからだ。

俺は終始、ロワッシーの幼年舎という印象が拭い去れなかった。ロワッシーとは、ポーリーヌ・レアージュ(ドミニク・オリー)の恋愛官能小説の大傑作「O嬢の物語」に登場する性奴養成所である。このエコールで少女達が学ぶことは、自身の肉体のエレガントな見せ方とセックスの本質に尽きる。後者の意味では、「O嬢の物語」というより「後宮小説」(作:酒見賢一 第一回日本ファンタジーノベル大賞受賞作)といった趣きもあるが、女教師エヴァの「服従こそ幸せ」というセリフがあまりに重い一方、ラストシーンで紫リボンの少女ビアンカ(ベランジェール・オーブルージュ)の見せる正に無垢故の妖艶さと、新たに送りこまれた赤リボンの少女の天性の媚態の対比構造など考えると、どーも男性原理のファンタジーというパラダイムから抜けられないのだ。少女たちのバレエレッスンが素足で行われるというのも、なんとも嗜虐的だ。

この映画は、登場人物にも男性をほぼ廃した、女性による女性の為の女性原理の物語である。。。。はずだ。無垢である事が確実に失われる事は女性にしか理解できまい。それ故に、かくも柔らかに、かつ、男の理解を寄せ付けない(というか無視したきらいの)演出が映えるのであろう。「芋虫から蝶へ」という紋切り型のメタファに、怜悧な残酷さを都度都度挿入する手際(黙々と蝶の標本を作るエディスの怖さや、二人の女教師が大人だけの時に垣間見せる自嘲的な表情など)の良さは女性監督ならではと思う。

そういうところが、座りが悪い。

先述の「O嬢の物語」は、巻頭言を寄せている文芸評論家ジャン・ポーランへ宛てた長い長いラブ・レターというのがその実態である。つまりは、男性原理に全面的に屈服する事で輝く女性の気高さという逆説の女性賛歌であるわけだ。これは、明示的な男性存在があるから成し得る。おなじ理屈が、この映画でも成り立ってしまう。秘密の劇場や、ラストで明かされる外界には、少女たち以外の女性はいないからだ。隠し味どころかアクセントと呼ぶにも露骨な、セックスの対象としての男性が明示されてしまうところが、なんとも座りが悪い。見透かされている感じとも、ちょっと違う。女性の中にぽつねんと置かれる居心地の悪さとも、また異なる。なんとも言いようの無い不思議な感覚を覚えるのだ。

ちなみにプログラムが良く出来ている。デジタルプリンター出力を手製本した古の同人誌のノリで、通し番号が表紙に振られていたりする。

このプログラムに掲載されているアザリロヴィック監督のインタビューが興味深いが、どうも制作意図と成果物のあいだに乖離があるような気がしてならない。「サスペリア」との相似性は監督本人も認めているが、「ミツバチのささやき」へのオマージュというのはどうか?むしろ、滝本誠氏が解説で指摘している、ポール・デルヴォーのイメージというのが、しっくりとくるのであった。

監督のルシール・アザリロヴィックは、ギャスパー・ノエ監督の妻。撮影のブノア・デビエは「アレックス」でギャスパー・ノエと組んでいる。「デス・サイト」(日本未公開)でダリ・アルジェントとも組んでいる。最近作では、あの「変態村」の撮影にも当たっているとか。「変態村」観たくなってきたぞ。


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